第48話 いつまでもふたりでお風呂①
「おはようございます」
「ん......いつ起きたの?」
「ついさっきです」
目が覚めると、宇佐美さんがいる。
薄桃色のネグリジェに身を包んで、ベッドに肘をつき、俺を見下ろす。いったいいつからそうしていたのか。長い黒髪が陽光に透け、シーツに垂れて。
こんな女の子と想いを通わせているとは。
この上ない幸せだ。
「いい天気ですね」
「ああ、そうだな」
「今日はどこか出かけませんか?」
このところぐずついた天気が続いていた。すでに梅雨に入っているから当然なのだが、薄暗い空と時折の土砂降りにいい加減
今日は土曜日。
走りたくなるような快晴だ。
「それなら、ちょっと行きたいところがある」
***
「駅? 電車に乗って行くんですか?」
「ああ」
「いったいどこに......?」
「それは着くまでの秘密」
サプライズは嫌いではないらしく、襟つきのワンピースの裾を揺らして、宇佐美さんは楽しみだと笑った。
すると、駐車場の入り口に見知った姿。
肩部分が透けたブラウスに黒いスキニー、そこにグレーのパンプスを合わせ、なかなか洒落た格好だ。
「あれ、犬山くん?」
「小鳥遊。どうした、こんなところで」
「ミキを送る用事があって」
「そうか」
「ちょうどよかった、話したいことがあるんだけど」
「まあ、いいけど」
俺はちらりと横を見る。
小鳥遊に鋭い目を向ける宇佐美さん。
かなり警戒しているようだ。
「大丈夫、取って食ったりはしないから」
小鳥遊はふふんと笑って、そう言った。
そして、駐車場に入ろうと目で指示する。
......こいつ、気遣っているようで、実は面白がってるな。
狭い駐車場の木の陰に入ると、小鳥遊は後ろ手を組んで、口を開いた。
「昨日のこと、謝ろうと思って」
「なんで?」
「犬山くんとは長いつき合いでしょ?」
「ああ」
「親しい人を盗られたようで寂しかったからかな、余計なことを言っちゃった。犬山くんがそんな軽率なやつじゃないって知ってるのに」
「そんな......ありがたかったよ」
確かにあの発言のせいで悩みはしたが、互いの迷いや不安、それとこれからどうなりたいか、結果的に考えるキッカケになったと思う。
「おかげでヘタレ改革できそうだ」
「それは、よかった」
意外そうに答える小鳥遊。
陰にいるせいか、表情が曇って見えた。
だが、それも一瞬のことで。
唇をすっと引くと、いつもの凛々しい笑みで、言葉を続けた。
「ところで、あの猫だけど」
「クロか?」
「そうそう。あの子はわたしが飼うよ」
「いいのか?」
「うん」
ミキと話し合って決めたのだという。
母親も見ず知らずの男性のもとに通うのはどうかと思っていたので、小鳥遊が引き取ると聞いて安堵したらしい。
そうか、いなくなるのか。
「あんな可愛くないやつでも、いなくなると思うと寂しいもんだな」
「いつでも見に来ればいいよ」
「......宇佐美さんが許せば、な」
「もう恋人気取り?」
惚気なんて聞きたくない、と顔を背ける。
そんなつもりはなかったのだが。
まあ、宇佐美さんはぱっと見、優しそうに見えるからなあ。実際はとんでもなく嫉妬深くて、でもそこがまた可愛いのだ。
......やっぱり惚気か。
気になって振り返ると、自販機の前でぼーっと足元を見つめている。休日の駅前にひとり。なんとなく寂しそうだ。
「待たせてるし、そろそろ行く」
「うん、分かった」
「お前も気をつけて帰れよ」
「分かってる」
さっさと行けと、手の甲で追い払う仕草をする。また会社でな、と挨拶し、俺は小鳥遊のもとを離れた。
「いつでも相談に乗るから!」
すると、珍しい言葉が背後から飛んできて。俺は片手を挙げて、それに応えた。
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