第45話 男勝りなライバル②
多忙な姉の子。
もう中学生。
近ごろ親しくしている人がいる。
確かに、よくよく考えてみれば、ミキは条件にピッタリだった。むしろ気づかなかったのが、不思議なくらい。
「叔母さん、知り合いですか?」
「ああ、会社の同僚」
「へえ、じゃあいつもぼーっとしていて冴えないけれど、いざというときは頼りになる、優しい人ってお兄ちゃんのことだったんですね」
「ま、まあ、そうだよ」
小鳥遊が気まずそうにこちらを見る。
人との調和がとれてないだとか、話に面白みがないだとか、散々からかってくるくせに、姪にはそんなふうに言っていたのか。
心なしか耳が赤いような。
普段から野郎のノリで絡んでいるやつに、そんな反応をされると少しばかり戸惑う。
ミキは赤と黄色の羽飾りがついた猫じゃらしを振って、小鳥遊の顔を覗き込む。
「叔母さんも遊びますか?」
「い、犬山くんと?」
「違います。クロと、です」
「あ、ああ、うん、いいね」
猫の話は聞いていたらしい。
そんなに可愛いならと、小鳥遊もミキといっしょにアパートに遊びに来ることになったのだが。
なんだろう。
後方から強烈な視線を感じる。
チクチクと刺してくるような。
「犬山さん?」
「あ、お姉ちゃん」
姉と慕う人のもとに駆け寄るミキ。
いつの間にやら、近くにいた宇佐美さんは、ミキに挨拶をしつつ、俺と小鳥遊を交互に見て、パッと口元に手をやった。
「まさか、犬山さんの......」
「違うからね」
では、いったい誰。どういう関係なの、と目で訴えてくる宇佐美さん。
諸々説明したいところだが、ここはアパート前の通り。人の目もある。
俺は、立ち話もなんだから、ひとまず部屋に入らないかと三人に促した。
「なるほど、会社の方」
「小鳥遊です、はじめまして」
「はじめまして、宇佐美と申します」
それぞれが冷たい茶を片手に、ローテーブルを囲む。小鳥遊が会社の同僚だと分かると、宇佐美さんは安堵したように頭を下げた。
一時は蛇のように目を鋭くしていたのに。
クロと初めて対面した小鳥遊は、スーツを汚さないよう気をつけながら、猫じゃらしを振って、いつにない無邪気な笑顔を見せる。
右へ、左へ。
道具を振るたびに、胸も揺れる。
男勝りな性格だが、小鳥遊は割に女性らしい身体つきをしている。膨らみを抑える白いシャツのボタンは今にも弾け飛びそうで。
苦楽をともにした同期でなければ、意識していたかもしれない。
「ところで、ミキ」
「はい」
「犬山さんとはなにして遊んでいるの?」
「お兄ちゃんと?」
「そう」
突然の質問。
だが、ミキはすぐに答える。
「いっしょにお風呂に入りました」
「はいっ!?」
「裸のお付き合いです」
「バ......っ!」
とっさに声が出た。
なんて表現をするんだ、ミキは。
まるで俺が変態みたいじゃないか。
小鳥遊が驚愕の表情でこちらを見る。
そのまま、すうっと目を細めて。
「犬山くーん、ちょーっとあっちで話そうか?」
笑っている。
笑ってはいるが、唇が片方しか上がってない。
後輩がどんなにミスしても声を荒げない小鳥遊が、本気で怒っているようだった。
大股でキッチンに向かう同期を追う。
横を通り過ぎるとき、テーブルで宇佐美さんが静かに麦茶を飲んでいるのが見えた。しかも、無表情で。
これはこれで、後が怖い。
ああもう、どうしてこうなるんだ。
「誤解です」
「なにが?」
「猫を風呂に入れただけですって」
「......ほかには?」
「なにもありません」
冷蔵庫の前で問い詰められる。
小鳥遊は肩まで伸びた髪を右手でかき上げて、ため息をついた。汗に混じって漂ってくる柑橘系の香り。暑くなったのか、シャツのボタンをひとつ、ふたつと開けて。
聞きたいのは別のことだと続けた。
「あの子といい仲なんだね?」
俺は言葉を失った。
会って一時間も経たないというのに。
すべてを見抜かれている。
小鳥遊は案外目ざとい。
他人の感情を知るなど造作もないのだ。
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