第44話 男勝りなライバル①



 宇佐美さんから、はじめてをもらった。



「洒落たネクタイ」



「だろ?」



「例の弁当の子から?」



「まあな」



 小鳥遊たかなしは案外目ざとい。

 出勤して早々、変化に気がついた。


 俺は青いチェックのネクタイをわざと締め直すようにして、椅子に座る。


 この色といい、柄といい、生地の艶感も含めて、宇佐美さんの制服のリボンによく似ている。お揃いのアクセサリーをつけているようで、ちょっとこそばゆい。


 ふと隣を見ると、デスクに黄色い包装紙でラッピングされた箱が乗っている。取引先への手土産だろうか。



「小鳥遊はなに持ってんの?」



「これは姪っ子へのプレゼント」



「ああ、あのお姉さんとこの」



「そ。もう中学生だから、オシャレに目覚めるころかなと」



「ふうん」



 小鳥遊の姉の話はちょこちょこ聞いている。近くの企業に勤めていて、決めたことは頑としてやり抜く、エネルギッシュな女性。産休・育休を経てもなお、才気溢れる人材として重宝されているらしい。


 一方の小鳥遊はといえば。


 能力はそこそこだが、細かい気配りがきくため人望が厚く、私生活では多忙な姉に代わり、姪の面倒をよく見ているようだ。


 いいやつだと思う。

 身近な人間の中では一番信頼できる。


 調子に乗るから、本人には言えないが。


 喜ぶだろうかとプレゼントを眺める小鳥遊のデスクから資料の束を奪う。きっと早く姪のもとに行きたいだろうから。


 小鳥遊は俺の頬をつついて、助かるよと目を弓なりに細めた。


 業務を終え、上司のお誘いも適当にかわしつつ、帰途につく。こういうとき、家にペットがいるというのはありがたい。


 アパートに着き、車を止めて降りようとしたところで、前を通り過ぎる見知った姿。



「宇佐美さん、今帰り?」



「はい。あ、つけてくれたんですね」



「ああ、宇佐美さんのはじめてだから」



「......っ、ありがとう、ございます」



 頬を赤らめ、俯く。

 宇佐美さんがもらってほしかったはじめてとは、男性へのプレゼントだった。


 生活費が増えてからも質素な生活を送っていたのは、俺へ贈り物をしたいと思っていたから。それに気づいて、より一層嬉しかった。


 ふたり並んで、階段を上がる。

 当たり前のように俺の部屋に入り、制服のまま、クロと戯れる宇佐美さん。



「今日はミキちゃん、遅いですね」



「用事でもあるんじゃないか?」



「そう、ですかね」



 気にしてないふうに答えたが、少し心配ではある。ミキは中身こそあれだが、見た目はまったくの小学生。一部界隈には人気がありそうだ。


 部屋を出て、前の通りまで出てみる。

 ミキがいれば、すぐに分かるはずだったのだが......



「あれ、犬山くん?」



「小鳥遊、こんなところにどうした?」



「いや、姪っ子がさ、最近お世話になってるお兄ちゃんがいるっていうから、様子を見に来たんだ」



 ほら、親切に見せかけて悪事を働く男もいるでしょ、と腕を組む小鳥遊。


 退社後、姉が住むマンションに真っ直ぐに向かったが、肝心の姪が出かけていたらしい。姉に聞けば、近ごろ親しくしている人がいるようだと返ってきた。


 しかも、そいつが男で、年上であると知り、気になって、気になって。ついにはその友人が住むという住宅街に来てしまったという。



「まあ、なにかと物騒だからな」



 俺はうんうんと頷く。

 ついさっき、同じ理由でアパートを出たから。


 と、そこに、通りを曲がって、こっちに歩いてくる少女。



「お兄ちゃん」



「おお、ミキ」



 黒いシフォンワンピースに身を包んで。

 ミキが猫じゃらしを手に微笑む。



「......ミキ?」



「あれ、叔母さん。どうしてここに?」



 互いを指差し、驚く同期と少女。

 俺と小鳥遊は思わず顔を見合わせた。



「え、もしかして」



「まさか、ミキが」



「犬山くんがお兄ちゃん?」

「小鳥遊の姪っ子?」


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