第38話 お隣さんと黒猫と、幼女?①



 昼時、職場のデスクで弁当を開く。

 隣の席で後輩の作成した資料をチェックしていた小鳥遊たかなしが、意外そうにこちらを見た。

 


「あれ、弁当なんて珍しい」



「おう」



「さては、彼女?」



「......いないのは知ってるだろ」



「えへへ」



 彼女、ではなく宇佐美さんからだ。

 アパートを出て、車に乗ろうとしたときに渡された。タイミングを伺っていたようで、半分息を切らしながら。


 気になるおかずは、ほとんどもやしの肉野菜炒めに、厚揚げの照り焼き、それにこれは、もやしのナムルか?


 てっきり淡白なものばかりかと思っていたから、肉が入っていることに驚く。しかも、端の方にはよく熟れたトマト。奮発したなあ。


 少々焦げた部分もあったものの、味も量も満足のいく昼食だった。


 なにより、宇佐美さんの手づくり弁当だ。

 嬉しくないわけがない。


 そこにピロン、と通知音。

 画面を覗いて、思わず顔をしかめた。



ラビ:ねえねとセックスした?



 トーク画面に残したくない四文字だな。

 うっかり見られでもしたら大変だ。


 俺はスマホを傾けて、返信する。



犬山:するか、バカ



ラビ:まだキスもしてないくせに



 またも目を疑う文言。

 本当に見られていないか、周りを確認する。それにしても、どうして......



ラビ:してないんでしょ?

   ねえねの勘違いなんでしょ



犬山:なんで分かった



ラビ:ちゃんと告白できない男に

   キスはできない



 もちろんこれはラビ様の偏見だけど、とメッセージは続く。


 悔しいけれど、事実だ。

 彼女の言うとおり、俺は今やかなりの意気地なし。もしラビが相手なら、情けないと一蹴されていたことだろう。


 しかし俺も、まったくなにも考えていないわけではない。



***



「こんばんは、犬山さん......と」



 外は雲の色が濃くなって。

 もうすぐ梅雨だからなあ、と窓から眺めていると、インターホンが鳴る。ドアを開ければ、制服姿の宇佐美さんが立っていた。


 その視線は俺の右下。客が誰だか分かった瞬間、パッと顔を輝かせた少女に。


 そういえば、宇佐美さんはまだ名前を聞いていなかったのか。まあ、俺もさっき聞いたばかりだけど。


 このご時世、小学生に個人情報を聞くのは、いろいろと注意が必要だ。



祢津ねづです。クラスの子にはミッキーと呼ばれています」



「ミッキー?」



「名前が実希子みきこなので」



「そうなんだ」



 じゃあ、わたしはミキちゃんって呼ぶねと微笑む宇佐美さん。俺もそれに合わせ、ミキと呼ぶことに。


 中で話そうか、と宇佐美さんを部屋に通し、昨日のように三人でローテーブルを囲んだ。



「宇佐美さんは、今日はどうして?」



「あ、えっと、その、猫が見たいなあと」



「ああ、クロね」



 ミキに抱えられ、みよーんと伸びる猫に顔を向ける。



「クロちゃん、というんですね」



「ああ、単純だろ?」



「とっても可愛い、名前です」



「はいはい、可愛いかわいい」



 むう、とむくれるミキ。

 自分の命名には相当の自信があるらしい。


 宇佐美さんは脱力しきった猫に手を伸ばすと、その身体を持ち上げ、優しく抱っこする。


 扱いには慣れているようで、頭の後ろを強めに撫で、耳元をかいて、最後は指を顔横から顎下へと。


 ......なんだか、羨ましいような。


 すっかり宇佐美さんのとりこになったクロは、顎の先を撫でる細い指をペロリと舐めた。



「あっ、ひゃあ、クロちゃん......!」



「どうやらお姉ちゃんが好きなようです」



「そ、そうなの?」



 うんうん、と頷くミキ。


 戸惑いながらも、気に入られて嬉しかったのか、猫にされるがまま。舌は指先から手首へと進む。


 ざらついた舌がくすぐったいようで、宇佐美さんは身をよじる。堪えきれず、腕の力を弱めた隙にクロは両脚を胸元に、無防備な首筋を舐め始めた。



「んっ、うう、あんっ、やめ......て」



「クロちゃん、喜んでますよ」



「ひゃあ、んん......ほ、ほんとに?」



 なんだ、この状況は。


 猫の攻めに激しく悶える女子高生。

 そして、それを眺めるおっさん。


 あまり小学生向けの絵面ではないな。


 俺は、まだまだ舐め足りないという様子の猫を無理やり引き剥がす。腕の中でシャー、と威嚇するクロ。とんだエロ猫だ。



「もう、ベトベトです」



 宇佐美さんはぐったりとして言う。

 猫が暴れて、制服もぐしゃぐしゃだ。


 そんな宇佐美さんに俺は、密かに考えていたことを提案をする。



「じゃあ、風呂に入らない?」


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