第37話 あのとき拾った黒猫です②



「わたしのお客さん、ですか?」



「ああ」



「こんな可愛らしい友人いませんが......」



「か、可愛らしい......」



 ポッと顔を赤らめる少女。


 それにしても、ベランダで布団を干す宇佐美さんに会話を聞かれ、かつ妙な誤解を受けそうになるとは。


 事情を説明するため、ひとまず場所を部屋に移し、三人でローテーブルを囲むことに。


 ところが、少女はなかなか話し出さない。

 どうやら緊張しているらしい。



「照れてないで、自己紹介」



「はい」



 そう促すと、なぜか猫を持ち上げて、顔の前に持っていく。猫は腕をぶらんとさせたまま、くわあと欠伸した。



「あのとき拾った黒猫です」



「どっちの紹介してんだ」



「それはそれは、お久しぶりです」



「宇佐美さんも冷静に応じないで」



 頭を下げるふたりに思わずツッコむ。


 そっか、そっちか、と猫を膝に下ろすと、少女はここに来た理由を話し始めた。


 ......いや、普通猫の紹介はしないだろ。



「そっかあ、ペット禁止」



「はい、それでこちらに」



「でも困ったなあ、わたしも飼えないの」



「そ、うなんですか」



 話を聞いた宇佐美さんは申し訳なさそうに眉尻を下げる。


 いくら生活費がアップしたとはいえ、最近までもやしを食べて暮らしていた子だ。猫を飼うとなれば、餌代だけでなく、予防接種や去勢・避妊治療など、いろいろと費用がかさむ。


 一人暮らしをする女子高生が気軽には飼えない。



「それで俺の家に預けたらどうかと」



「なるほど」



 てっきりそういった性的趣向があるのかと思いました、と朗らかに言う宇佐美さん。


 彼女は俺を、いったいどういう人間だと思っているのか。聞いてみたいような、聞きたくないような。


 とにかく、すべての費用を負担するかはのちのち考えるにしても、少しの間、面倒を見ることはできる。


 しかるべき対処をとり、しかるべきところに助けを求めればいい。



「すぐに里親を探してやるよ」



「......イヤです」



「キミも宇佐美さんも、誰もこの子を育てられないだろ?」



「じゃあ......」



 よっぽど子猫が惜しいらしい。


 少女は潤んだ瞳で俺を見上げ、ついでに顎の下に猫の顔を持ってきて、懇願する。



「お兄ちゃんが育ててくれませんか」



「お、おにい......」



 お兄ちゃん。

 なんと甘美な響き。


 俺にも妹はいるが、無愛想で無遠慮。

 可愛さとは無縁の生き物だ。


 対してこの子はどうだろう。


 黒目がちな目。つんと尖った鼻に、柔らかそうな頬。切り揃えられた前髪がその幼さを際立たせていて、どこか座敷わらしのような純朴さもある。



「と、とりあえず二、三日は預かるから。考えさせてくれ」



「ありがとう、お兄ちゃん!」



 負けた。

 この可愛さに負けた。


 猫はなんとも眠そうに、みゃ、と短く鳴いた。子猫を抱いた女の子は可愛さ三倍、あ、宇佐美さんの視線が痛い。


 ひとまず今日のところは、猫を預かり、明日以降話し合おうということで、俺と宇佐美さんは少女を見送る。


 最後に猫をひと撫で、頭を下げる少女に手を振る。隣に立つ宇佐美さんの視線は、しばらく鋭いままだった。



「ところで、宇佐美さん」



「はい?」



「どうして着替えを持ってきてるの?」



 さっき、ちらっと見えたのだ。

 部屋に入ってくる宇佐美さんが、パジャマを持っていたのが。



「あはは、実は犬山さんの部屋の浴室にシャンプーとトリートメントを忘れてしまって。どうせなら今日もこちらにお世話になろうかと」



 宇佐美さんが両手を後ろに、身体を少し前に倒して、上目遣いに言う。



「ダメ、でしたか?」



 そんな顔をされて、断れるわけがない。



「いいよ」



 ドアを大きく開け、宇佐美さんを部屋に入れる。風呂場に向かう彼女に見えないよう、俺はその後ろで小さくガッツポーズした。


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