お隣さんのライバル
第36話 あのとき拾った黒猫です①
風呂が直ったと連絡が来たのは夜。
夕飯も食べ終わり、一息ついた頃だった。
俺はただ一言、よかったと返す。
相手に好意があると、互いに分かったはずだが、次にどう行動すればいいのか。相手が女子高生とあって、スタンプ一個送るにも神経を使った。
そして、日曜日、午前十時。
トーク画面に動きはない。
これは俺から誘うべきなのだろうか。
ローテーブルに肩肘をつき、スマホを見つめていると、ベランダでなにやら物音が。
ガタガタと柵が揺れて。
どこからか、か細い声が聞こえる。
「待って、クロちゃん」
女の子だ、しかもかなり幼い。
みゃおう、と鳴き声も聞こえてきて。
きっとペットを追いかけて上がってきたのだろうとスマホに視線を戻したのだが。
待てよ。
ここは二階だ。
どうやって上がってくるというのだ。
いや、たとえよじ上れたとして、それはかなり危険な行為じゃないか?
俺は慌ててカーテンを引き、窓を開ける。
ベランダには、柵に片脚をかけ、猫を抱える少女の姿が。
「こ、こんにちにゃ」
挨拶をしようとしたのだろうが、顔面に猫が張りついて、語尾が潰れる。
しかも、少女は片脚でバランスを保っているだけで、まだ半身はベランダの外にあるのだ。
急いで手を伸ばし、俺は猫を引き剥がす。
少女はようやくベランダへと着地した。
「下の階の子?」
逃げた猫を追って、室外機に乗り、ベランダまで上がってきたらしい。大家族部屋の子かとも思ったが。
それにしては大人しい。
猫を撫でる動作は繊細で、耳横から顎下に優しく指を滑らす。少女は、このアパートの子にしては、高価そうな衣服を身につけていた。
「いえ、違います」
「じゃあ、どうしてこのアパートに?」
「傘の持ち主を見かけたので」
「傘?」
少女曰く、猫は雨の日に拾ったと。
土砂降りの中、地面に傘を置く女性を見かけた。気になってその場所に行くと、傘の下で黒猫が一匹鳴いていたので、拾って家に連れて帰った。
その猫の恩人が、俺の部屋に出入りしていたらしく。そこまで聞いて、ようやく合点がいった。
「もしかして宇佐美さん?」
「宇佐美さん、とおっしゃるのですか?」
「あ、ああ」
「宇佐美さん......いい名前ですね」
少女は瞳を輝かせる。
腕の中で子猫がみゃおと鳴く。
「それで、どうして宇佐美さんを?」
「私のマンション、ペット禁止らしく......」
ああ、連れて帰ったはいいけど、飼えなかったと。それで傘の主に。
雨の中、猫に傘を差し出した宇佐美さんなら預かってくれるかもと思ったのか......
「家を出ることにしました」
「なんで!?」
思わぬ発言に口をぽかんと開けて。
俺は少女を改めて観察する。
おそらく小学生。
肩まで伸びた黒い髪に少し焼けた肌。
セーラーの襟がついた白いワンピース。
いかにも清楚なお嬢様だ。
とても悪ふざけをする子には見えない。
少女は猫をぎゅうと抱いて、呟く。
「とても可愛い猫なのに」
「手放せないのか」
「はい」
「それは困ったなあ」
まあ、確かに。
このくらいの子にとって、犬や猫は泣いて喚いて、わがまま言っても欲しいもの。
一度手にしたものを、逃したくはないよな。たとえ、相手が生き物であっても。
「よかったら俺の家にくる?」
「え?」
突然の提案に顔を上げる少女。
猫まで俺を不審そうに見てきて。
だが驚いたのは、少女だけではなかった。
「まさか、犬山さんにそんな趣味が......!」
いつから、そこにいたのか。
隣のベランダからこちらの様子を伺う宇佐美さん。俺の言葉に信じられない、と目を見開く。
「ち、違うからね!」
慌てる俺の横で、少女がひとり喜びの声を上げた。
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