第30話 今夜はここにいてくれませんか①
犬山:聞きたいことがある
ラビが来てから五日。
制服で出かけたり、いっしょに風呂に入ったり、元々無防備で無意識だったはずの宇佐美さんの行動が激化している。
はじめは身内の問題かと気にしないフリをしていたが、ここまで巻き込まれて、さすがに黙っているわけにはいかない。
それに、気になる。
大音量で音楽を流したワケ。
ラビの言う「恩返し」。
学校を休んだ本当の理由。
宇佐美さんに関係しているなら知りたい、と思ったのだが──
「返事が、来ない?」
いつもは秒で返すラビからの返事がない。しかも、既読すらつかない。忙しいのか?
夕方、風呂に入りにきた宇佐美さんに聞いても、今日は来ないとしか答えない。
......もしかして、なにか隠してる?
いや、たとえそうだとして、昨日のことを気にする宇佐美さんに深くは聞けなかった。
明日、ラビが来てからでもいいか。
日が暮れて、風呂に入り、自分の部屋に帰る宇佐美さんを見送って。俺も風呂に入ろうと、アパートのドアを閉めようとした瞬間。
隣の部屋から、悲鳴が聞こえた。
俺は急いでインターホンを押す。
返事がないから、ドアまで叩いて。
しばらくして出てきた宇佐美さんは顔面蒼白、全身をぶるぶると震わせていた。
「宇佐美さん、どうした!?」
「あれが出たんです」
「あれ?」
「あの黒くて、大きいのが」
「ああ、ゴキ......」
「言わないでください!」
目をぎゅっと閉じ、叫ぶ宇佐美さん。
かなり怯えているらしい。
俺は宇佐美さんに一言断って部屋に入り、黒い影を探した。確かにカサカサと音は聞こえる。だが、姿は見えない。
「冷蔵庫の奥に行ったみたい」
「そんなあ」
「今日は電気を消さずに寝たほうがいい」
明るければ、そんなに激しい動きは見せない、はず。
不確かな物言いに余計に肩を震わせる。
宇佐美さんは恐る恐る部屋を進み、近寄ってくると、突然俺の腰に腕を回した。
ギュムっと当たる膨らみ。
そのまま、胸板に頭を寄せ、すりすりとさせて懇願する。
「今夜はここにいてくれませんか」
***
「どうぞ」
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
宇佐美さんからグラスを受け取る。
ビールの名前がプリントされた、いかにも景品って感じのグラスだ。女子高生が使うには少し、おっさんくさい。
冷たいお茶を飲むと、いくらか落ち着いたようだった。テーブルもない部屋に向かい合って座り、宇佐美さんはようやく肩の力を抜いた。
「宇佐美さんでも怖いものあるんだ」
「そりゃあ、ありますよ。ゴ......もそうですし、お化けとか、雷とか、寝る前のチョコレートとか」
「チョコレート?」
「夜、勉強したあとにお腹が空いて食べちゃうんですけど、次の日の体重が怖くて......」
「そんな、気にすることないと思うけど」
「わ、わたし......これでもお腹がぷにぷにしてるんです!」
グラス片手に主張する宇佐美さん。
なにもそんなにムキにならなくても。
だが、俺の視線はつい下へ。
そして、思い出す。
湯けむりの向こう。
はだけたタオルから見えた、大きなふたつの膨らみと、そこから続くなだらかなボディライン。
確かに、線が細いほうとは言えないが。
ウエストはしっかりくびれていた。
「宇佐美さんは十分細いよ。昨日見たから分かる」
「み......っ!」
フォローしようと言ったつもりだったが、聞いた途端、宇佐美さんは顔を真っ赤にして。餌を求める金魚のように、口をぱくぱくとさせた。
ちょっと遅れて、俺も気づいた。
これ、とんでもないセクハラ発言だったかもしれない......!
「犬山さんの、変態っ!」
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