第27話 制服デート②



 大通りから場所を変え、庁舎や銀行、ホテルなどのビルが立ち並ぶエリアへ。


 出たついでに本屋に寄りたいというので、書籍やDVDを扱う、街でも大きな複合量販店に車をつける。


 俺も気になる本がいくつかあったので、それぞれ欲しいものを求めて、店内で分かれた。



「受験雑誌?」



 購入予定の本を手にうろついていると、高校生向けのコーナーで情報誌や参考書を熱心に見比べる宇佐美さんが目に入る。


 俺はできるだけ音を立てないよう、隣に並んだ。



「はい。来年は受験生なので」



「都内の大学に行きたいの?」



「今の成績だと少し厳しいんですけどね」



「宇佐美さんなら行けるよ」



「そう、ですかね」



「努力家だから」



 根拠がなく、言うわけではない。


 以前、宇佐美さんの部屋を訪ねたときに見たのだ。机に置かれた何冊もの問題集。壁には手書きの年表、デスクライトには英単語を書いた付箋がたくさんついていた。


 それぐらい努力している。


 宇佐美さんは参考書を手にレジへ向かった。もちろん俺は、すかさず財布を開く。


 宇佐美さんが目標を達成できるよう、応援したい。そう言えば、宇佐美さんは困ったような、嬉しいような顔をして、頭を下げた。


 それから、俺と宇佐美さんは同じ店舗内にあるゲームコーナーで、最新のゲーム機器やソフトを見て回った。


 帰りには、コンビニに寄って、宇佐美さんの奢りでアイスを買い、アパート近くの公園でブランコに乗りながら食べた。


 じんわり暑い夕暮れに、冷たいソーダアイスが心地よく。アパートに帰り着くころには、今日仕事だったのが嘘のように晴れやかな気持ちになっていた。



「今日は楽しかったです、とっても」



「俺も楽しかった。高校生のとき、できなかったことをした気分」



「んふふ」



「なんだ、俺の経験の無さを笑ってるのか?」



「いいえ、嬉しいんです」



 ぬるい風が黒髪を絡めとって。

 宇佐美さんの柔らかそうな頰がよく見えた。夕日に照らされ、肌が綺麗なオレンジに染まる。



「犬山さんと初めてを共有できて」



「......っ」



 心臓がバクンと激しく跳ねた。


 身体から少し遅れて、感情がじわじわと心に押し寄せる。今の攻撃は、反則だ。



「さ、先、風呂入ったら?」



「はい」



 慌てて誤魔化すが、きっと宇佐美さんは気づいてしまっただろう。


 着替えを取って戻ってきた宇佐美さんが風呂場に向かったのを確認し、部屋に入る。


 しかし、まだ動揺は収まっていなかった。


 初めて、と言った宇佐美さんの、唇が、目が、髪を耳にかける指先が、頭から離れない。


 どうにか気を紛らわそうと、テレビのリモコンを探していると、ローテーブルの上のスマホがピロンと鳴った。


 宇佐美さんは風呂、だよな。

 じゃあ、いったい......


 画面のメッセージには、『楽しかった?』と一言。アカウント名は、教えてないはずのやつの名前。


 急いで通知をスライドし、返信する。



犬山:なんで知ってるんだよ



ラビ:ID書かれた紙がねえねの机に

   大事そうに飾ってあったから



犬山:勝手に見るな

   勝手に登録するな



ラビ:それで、楽しかった?



犬山:なにが



ラビ:制服デート♡



犬山:お前の企みか



ラビ:企みとは失礼な

   いい思いさせてあげたでしょ



犬山:なにがしたいんだ、お前は



 返しは、ちょっと間を置いて来た。



ラビ:恩返し?



「恩返しって、なんだよ」



 内容を口にしながら返信する。

 すると、外で鳴る通知音。


 俺は玄関に向かい、ドアを開けた。



「いたのか」



「ただいま」



「帰ってたなら入れよ」



「あれれ、誘ってるの?」



「宇佐美さんもいるから」



「今度こそふたり同時に!?」



「馬鹿言ってないで、早く入れ」



「はあい」



 靴箱に手をかけ、ローファーを脱いで。

 ラビは屈んだまま、悪戯っぽく笑う。



「それで楽しかった?」



「新鮮だったよ。今の高校生はあんなデートするんだなあ、みたいな」



 それに対して、ラビはどこかで聞いたような言葉を返す。



「素直じゃないなあ、おっさん」



 薄い唇からちらりと覗く八重歯。

 今度ばかりは、ぐうの音も出なかった。


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