第26話 制服デート①
ピロン、とスマホが鳴った。
別に待っていたというわけではないが、小さくガッツポーズするくらいには嬉しい。
すぐに確認すれば、予想どおり。
送り主は宇佐美さんだった。
アカウント名は「宇佐美」。
アイコンは可愛らしいうさぎのイラストだ。自分で描いたのだろうか。
「
「まあた、定時退社?」
「ごめん」
同僚に謝り、会社を出る。
普段はありえないのだが、こうして急用ができたときだけ、残った仕事を肩代わりしてくれる。たまに昼飯代が高くなるが、まあ、いい同期をもったと思う。
「ごめん、待った?」
十分ほど車を走らせて、着いたのは駅近くのファーストフード店。メッセージには、仕事が終わったら指定されたこの場所に来てほしいと書いてあった。
宇佐美さんは通行人もまばらな店先で、制服の襟を直しながら、待ち人を探していた。声をかけると、パッと表情を明るくする。
「いえ、こちらこそごめんなさい」
「どうした、なんかあった?」
「それが、ラビは今日、実家のほうに寄ってからこっちに来るそうで」
「ああ、着替えとか取りに?」
「はい、親がいない隙を狙って入るらしく」
「それは、ご苦労なことで」
「少し遅くなるだろうと連絡があったので、それなら出かけたいなと思って」
「なにか買いたいものでもあるの?」
「いえ、今日は......」
陽光に照らされ煌めく茶色の瞳。
通学用カバンの持ち手をぎゅうと握って、宇佐美さんは俺を見上げる。
「犬山さんと遊びたい、です」
***
「見てください、犬山さん。うさぎのクッキーです、パフェの上で踊ってるみたい。とっても可愛い」
「最近のスイーツは凝ってるんだな」
「そのほうが写真映えしますからね。もちろん、見た目だけじゃなくて、味もいいって有名な喫茶店なんです」
「ふうん。じゃあまあ、ひとくち」
「あ、その前に写真を」
宇佐美さんはスマホを取り出して、横向きにカメラを構える。俺のと、宇佐美さんのと、複数枚アングルを変えて撮ると、確認することなく、すぐにカバンにしまった。
「その角度、俺も写ってない?」
「だ、大丈夫ですよ」
ちゃんと撮れました、と早口で答える。
なんか、怪しい?
ミニカップサイズのパフェをフォークでつつく宇佐美さんはいつになく幸せそうで。まあ、本人が楽しいならいいか、と俺も犬型のクッキーの端をかじった。
パフェを食べ終え、手洗いに立った宇佐美さん。彼女が帰ってきたタイミングで、俺は気になっていたことを聞く。
「今日俺と遊びたいって言ったのは、昨日のひとりじめがどうのってのと関係してる?」
「それは、......はい」
制服のリボンの端を引っ張り、なにも乗っていないテーブルを見つめる。長い睫毛が白い肌に薄く影を落とした。
躊躇っているのかと思ったが、しばらくいっしょにいれば分かる。これは、恥じらってるときの顔だ。
「ラビが来てから、階下での立ち話も、ご飯を食べるのも、お風呂に入るのも、なにをするでも三人で。会話の軸も自然とラビになってきて」
「うん、お風呂は違うけどな」
「わたしと違って、ラビは明るいから誰とでも仲よく接するし、相手もつい構いたくなるというか」
「構いたいっていうより、手がかかる、が正しいかもしれない」
「それでも......」
宇佐美さんは俺を真っ直ぐに見つめて、
「ちょっとだけ、寂しかったんです」
と、愚痴っぽく呟いた。
そのまま、ぷいっとそっぽを向く。
俺は耐えきれずに顔を隠した。
拗ねた宇佐美さんはずるいくらいに可愛くて。これが外じゃなかったから、もっと取り乱していただろう。
気まずい雰囲気のまま、店を出て、ちょっと通りを歩く。
人の往来は多くないが、学校帰りの生徒が店を覗いたり、コンビニで買い食いしたり、たまたま通りかかった友人と抱き合ったり。思い思いの時間を過ごしている。
ちょうど壁画の前で、スマホを構えていた高校生の男女に声をかけられた。
「あの、撮ってもらえませんか?」
「あ、はい」
宇佐美さんは不安そうにスマホを受け取って、何枚か撮ると、心配そうに女の子に返す。幸いにもふたりは満足したようで、男のほうも可愛く撮れてるねと笑った。
「よかったら、撮りましょうか?」
「え、いいんですか?」
写真を眺め、すっかり気をよくした女の子が提案する。俺は断ろうと思ったが、宇佐美さんはすでに自分のスマホを渡していた。
カップル曰く、最近の流行りらしい。
群青の壁には花柄のドアが描かれ、確かにここで写真を撮れば、幻想的な一枚となるだろう。
しかし、この公衆の面前で、おっさんと女子高生という異様な組み合わせ。
「いいよ、俺は」
「せっかくですから」
「うーん」
全力で遠慮したいのに、宇佐美さんは俺の腕を掴んで離してくれない。
ああだこうだ言ううちに、壁の前に立たされ、カップルに指示されるままにポーズまでとって。
ようやくスマホが宇佐美さんの手に戻ってきたころには、だいぶ注目を浴びていた。
高校生カップルは腕を組んで、もうすっかりふたりの世界。だが、通り過ぎざまに、
「可愛いカップルだったねえ」
と言うものだから、残された俺と宇佐美さんは真っ赤な顔をして、足早にそこを立ち去ったのだった。
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