第25話 ひとりじめしたい②
据え膳にかぶりつかないなんて。
昨日のラビの言葉が頭を過ぎる。
ネグリジェ姿の宇佐美さんは、確かにそそられる。ふくらはぎまでゆったりと隠す寝間着は、品がありつつ、どこか色っぽい。
大きく開いた襟から見える白い肌も、そこから続く谷も。動きに合わせて擦れるシルクの音でさえ、俺の本能を刺激した。
だが、彼女は無垢な子。
狙ってやっているわけではないのだ。
「じゃあ、なにしようか。テレビでも見るか、って言ってもあんまり面白いものはやってないし、漫画もゲームも全部実家に置いてきたしなあ」
これでは暇をつぶせるものがない、と頭をかく。ふたりでいて、いくら居心地がよくても、妖艶な宇佐美さんを前に理性を保てる自信はなかった。
「だったら......」
正座を崩し、両脚を曲げたまま、お尻をぺたんと床につける。俗にいう女の子座りをして、宇佐美さんは上目遣いで言う。
「犬山さんのことを知りたいです」
「俺?」
「はい、全然知らないので」
それはこっちもいっしょなんだけどな。
しかし、まあ、いい暇つぶしだ。少しくらい話してもいいだろう。なんでも聞いてくれと言うと、宇佐美さんは瞳を輝かせた。
なにから聞こう、なにがいいかなあ、と迷う様子は見ていて楽しかった。
「では、ご兄弟は?」
「妹がひとり」
「妹さん! 犬山さんに似てますか?」
「残念ながら」
もうしばらく会ってないが、記憶の中の妹は無愛想で、無遠慮で、自由奔放なくせっ毛も、怒ると膨らむ鼻も、俺によく似ていた。
犬山の血が濃い兄妹だ。
「じゃあ、きっと可愛いですね」
「いや、まったく」
「そんなこと言って、頰が緩んでますよ」
「......そんなことない」
妹さんが好きなんですね、と。
否定しようと宇佐美さんの顔を見て、固まった。からかっていると思ったその目は細く下がり、唇は弧を描いて、とても慈愛に満ちた表情をしていたから。
「宇佐美さんはどう?」
「え?」
「妹が好き?」
ちょっとためらって。
宇佐美さんは大きく頷いた。
「ラビはいつでも、わたしの理解者であり、唯一の味方です」
これまでも、これからも。
そう断言できるなら、少なくとも宇佐美さんにとって、ラビはいい妹、信じるに足る理由がある人間ということなのだ。
あんな生意気でもな。
「俺も加えといて」
「......え?」
「宇佐美さんの味方」
「......っ!」
宇佐美さんはそれからも機嫌よく、俺に質問した。好きな食べもの、よく聴く音楽、おもな休日の過ごし方。
彼女はいない、と答えたときには、飛び上がるほど喜んだ。人に恋人がいないのが、そんなに嬉しいことなのか。
二杯目のカフェオレを飲み干したころ、インターホンが鳴った。
ドア前には、水色のパジャマを着た、ツインテールの少女。
「迷惑かけて、悪かったわ」
相変わらず素直じゃない。
でもこの時間まで起きて、迎えに来たのだ。少しは反省しているのだろう。
しっかり仲直りするように言って、俺は部屋に戻った。帰り支度をする宇佐美さんに、メモを渡す。昨日用意したものだ。
「これ、LINEのID」
「え、あ、いいんですか?」
「もしまた、困ったことがあったら連絡して。いつでも構わない」
「......ありがとうございます」
宇佐美さんは紙を握り締め、ぎゅうと胸に抱いた。ほんのり染まった頰に、髪がさらりとかかって。帰すのも惜しく感じる。
玄関先で宇佐美さんと顔を合わせたラビは本当に申し訳なさそうに謝った。これからはもうしない、と。
薄着で出てきたラビに先に入るよう言って、宇佐美さんはおやすみの挨拶をする。
また嫌なことがあったら、来ていいよ。
そう返すと、ラビに腹を立ててはいなかったと宇佐美さんは答えた。
首を傾げる俺。
宇佐美さんは、これまでになく甘く微笑んで続ける。
「今日来たのは、犬山さんをひとりじめしたかっただけです」
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