第23話 JKの姉妹丼?②



「ねえね、変なんだよ」



「......なにが」



「服とか全然持ってこなかったから、ピンクの可愛いネグリジェ借りようと思ったら、これはダメだって」



「いや、服持ってこなかったキミのほうが変だよ」



「そうかなあ。昔から、ねえね、ラビの言うことは絶対聞いてくれてたのに」



「その関係性もどうかと思うがな」



 あんなセクシーな服着るタイプだったかなあ、と首を傾げる少女。手には宇佐美さんのパジャマと大量のスキンケア用品。


 視線に気づいた少女が、理由を説明してくれた。なんでも、風呂上がりがお肌の分かれ目だとか。服を着たら、すぐにケアしなければ意味がないという。


 よく分からんが、女の子ってのは大変だ。


 それより気になるのは宇佐美さんと少女の関係性だ。見た目もさることながら、ふたりの振る舞い、立ち位置は、姉妹と言うには少しおかしい。


 妹はひたすらにわがままだし、姉はなんだかんだ全ての要求に従っている。


 シスコンだと言われればそれまでかもしれないが、なにかが変だ。



「ところで、おっさんの服は?」



「......はい?」



「着替えよ、着替え。いっしょに入るんでしょ?」



「だから、入らないって。宇佐美さんとも入ったことないから」



 ......背中を流してもらったことはあるけど。なんとなく、妹には言いにくい。



「へえ、おっさんって見た目どおり意気地がないのね。ねえねみたいな据え膳にかぶりつかないなんて」



「姉の知人に対して言うことか、それは。だいたい犯罪だろ。宇佐美さんは女子高生、未成年だ」



「まあ、そうだけどさ」



 ぐだぐだと話していると、玄関のドアが開いた。部屋の戸締まりを済ませてきた宇佐美さんが、慌て気味に入ってくる。



「なに話してたんですか?」



「別に、取るに足らないことだ」



 まさか、宇佐美さんを食う食わないの話をしていたとは言えまい。



「そう、ですか」



 途端に表情を曇らせて、視線を落とす。

 宇佐美さんは持っていた衣服をぎゅうと抱き締める。例のネグリジェだ。



「さ、さあ、ラビ、お風呂入ろ」



「はあい」



 じゃあ俺は部屋に引っ込むか。

 ふたりが洗面台の前へ向かったのを確認し、ひとり回れ右したのだが。



「とでも、言うと思った?」



「......へっ?」



 ぐい、と服の裾を掴まれた。


 即座に腰に絡みつく腕。

 そのまま、洗面所まで引っ張られた。



「な、なに......?」



「せっかくだから、いっしょに入ろうよ。三人で入れば、お湯も節約できるし?」



「は、なに言って」



「そんなことしちゃダメだよ、ラビ。犬山さん、困ってるでしょ?」



「困ってるフリよ、フリ。女子高生に密着されて喜ばないおっさんはいないの」



 そうよね、と顔の横でささやかれて。

 不意の攻撃に、背中がゾクッとする。


 そりゃ、こんな可愛い子に抱きつかれて嬉しくないわけない。中身はちょっとアレだけどな。


 だが、そんなことを言われても、宇佐美さんは戸惑うだけだ......って、なんで宇佐美さん、顔を赤くしてるんだ?


 ちょこちょこと俺のそばに寄ってきて。

 どうして、腕を絡めるんだ?



「犬山さん、どうですか?」



「え?」



「わたしに触れられて、嬉しいですか?」



「それは......まあ、うん」



「そ、そうなんですか」



 宇佐美さんは腕の力を強める。

 むぎゅっと当たるなにか。

 柔らかいけど、すごい弾力。


 ついでに腰に回る腕の力も強まって。

 こちらはささやかな膨らみ。ゆえに身体のラインがよく分かって、これはこれで......


 いやいや、冷静になれ。


 なんなんだ、この状況は。

 どうして俺は、女子高生ふたりに迫られているんだ。風呂に入る入らないの話だったはずなのに。それに、大人として受け入れちゃマズいだろ。



「俺......」



「なあに、おっさん」



「俺は......」



「どうしました、犬山さん?」



「俺は、飯をつくる!」



「はあ?」



 少女が間の抜けた声を上げる。


 呆れて緩んだ隙に拘束から逃れる。

 宇佐美さんは切なげに俺を見つめた。



「宇佐美さん言ってたよね、妹が来たから、夕飯はパスタだって」



「は、はい......そうですけど」



「言っとくけど、もやしはパスタにならないから」



「えっ、そうなんですか?」



「当たり前だ」



「で、でも今日は特別に水菜を」



「水菜のもやしパスタって、それもうほぼ水分。どんなに頑張っても、もやしは主食にも主菜にもならないよ」



「そんな......」



「というわけで、俺は夕飯をつくる。もちろん、お前にもな。異論はないな?」



「......分かった」



 夕飯のメニューを聞かされていなかったのだろう。少女は宇佐美さんをちらりとみて、信じられないと天を仰いだ。


 まさか、遠く離れているとはいえ、姉の暮らしぶりについて、なにも知らないのだろうか。



「ゆっくり入ってこいよ」



 俺は不思議に思いながらも、キッチンへ向かう。


 後方では、せっかくふたり一気にヤレるチャンスだったのに、とかなんとか。宇佐美さんの品性を一ミリでいいから、分けてやってほしいものである。


 四十分後。

 遅れて現れた少女も交えて、夕飯を食べる。風呂上がりだからか、少女は幼く見える。気づかなかったが、薄らとメイクしていたのだろうか。



「わっ、美味しい。ね、ラビ?」



「......まあまあ食べられるんじゃない?」



「素直じゃないな、お前」



「お前じゃなくて、ラビよ、ラビ」



 フォークをこちらに向ける少女。

 宇佐美さんが素早く注意、少女の皿を自分のほうに寄せた。


 むっと眉根を一瞬寄せたが、すぐにフォークを下ろす。反抗しないくらいには、腹が減っていたらしい。



「気になってたんだが、ラビって呼び名は宇佐美からきてるのか?」



「そうだよ、可愛いでしょ」



 ラビにぴったり、と言って、戻ってきた皿からパスタをくるくる、大きく巻いてぱくりと食べる。



「だから、ラビって呼んでね、おっさん」



「じゃあ、そっちもおっさん呼びはやめてくれよな」



 さすがにそうおっさん、おっさん言われては、自信をなくしそうだ。


 あくまで控えめに、提案するつもりで言ったのだが。少女は、具材のベーコンを丁寧にパスタでくるんで一言。



「それはダメ」



 宇佐美さんは無言でまた皿を引っ張った。


 彼女もなかなかに俺を惑わせるお隣さんだが、宇佐美さんの妹もまた男を悩ませる才能の持ち主のようだ。


 新たなるお隣さん。

 この先、俺の生活はいったいどうなってしまうのだろうか。


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