第20話 辛辣ハンカチJK、再来②



 間違いない、あの子だ。

 ハンカチを拾い、渡した俺に辛辣な一言を投げかけた少女。宇佐美さんの知り合いだったのか。


 いや、しかし、他ならともかくまさかの「ねえね」呼び。かなりの親しい関係とみて、間違いないだろう。


 少女は、ふんっと鼻を鳴らして、数歩歩くと、隣の部屋の戸の前で拳を振り上げる。



「おい」



「まだ、なにか用でも?」



「やめといたほうがいい」



「どうして?」



「宇佐美さんなら、部屋にはいない」



「......なんで」



「今日は図書館に行くそうだ。昼までは帰ってこないと思う」



 アパートには小さな子どもを育てる家庭もある。学校が休みの日は特に騒がしいので、宇佐美さんは頻繁に図書館に通っているらしい。

 


「なんで、あんたみたいなおっさんが知ってるのかって聞いてるの」



「おっさ......仲よくさせてもらってるんでね、とは」



 煽るように、わざと強調する。

 何度も「おっさん」と呼ばれて、あまりいい気持ちはしなかったから。


 少女は腕を組み、こちらに向き直ると、俺を上から下まで舐めるように見た。



「ふうん、おっさんが、ねえ」



 休日だから、とよれよれのスウェットを着ていたのだが、少女はそれよりも顔のほうが気になるようだった。


 しばらく、無言のときが流れて。

 不意に視線をずらすと、少女は隣の部屋のドアから離れ、俺のほうへ歩いてくる。



「まあ、わかった。じゃあ、とりあえずおっさんの部屋貸して」



「な、なんで」



「ねえねが帰ってくるまで待つの」



「なんで俺の部屋なんだ」



「じゃあ、この通路でずっと立っとけって言うの?」



 こんな可愛い子に?

 とでも言いたげな表情の少女。


 さらりとした前髪から覗く瞳は、茶色いのに端の方がぼんやり青みがかっていて。それが不思議と視線を惹きつける。


 ......宇佐美さんほどではないが、確かに可愛い。



「......わかったよ」



 俺は渋々頷いた。



***



「ねえねとは、そういう関係?」



「ぶほっ!」



 思わずコーヒーを吹き出す。

 少女は汚らしいものを避けるようにして身を反らす。心底嫌がるその顔が、苛立たしいのに、やっぱり悲しくて。


 我が物顔の少女を部屋に通し、茶も出さないと文句を言われても嫌なので、彼女の要望に従い、コーヒーを淹れたのだが......


 少女のズバッとした物言いは少々心臓に悪い。あと、誤解を招く言い方はやめてほしい。


 俺はここ一週間で起こったこと、それと宇佐美さんとの関係について簡単に説明した。



「ふうん、お風呂を、ねえ」



 また値踏みをする目。


 と思えば、コーヒーをローテーブルの端に避けて、身体をこちらに乗り出す。手に握っているのは、スマホ?



「ねえ、おっさん」



「なんだよ」



「ID教えて」



「あいでぃー?」



「LINEのIDだよ」



「......アプリは入ってるけど、仕事でしか使ってないから」



「いいよ、それでも」



 ふるふるでもいいけど、とスマホを振ってみせる少女。名前も知らない人と連絡先を交換しようとする無防備さ。


 誰かさんを思い出す。


 ここにはいない姿が頭をよぎった瞬間。

 唐突に玄関のドアが開いた。


 なんだなんだと確認する間もなく、部屋に駆け込んできたのは、黒い髪の美少女。



「だめえええええ」

「う、宇佐美さん!?」


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