第16話 最後のお風呂②



「そういえば、今日が最後?」



「はい、明日の夕方には修理の人が」



「なんか、あっという間だったな」



「ほんとに」



 着替えを持って、風呂場に向かう。

 とぼとぼと歩く宇佐美さんは、本当に残念そうだ。風呂が直れば嬉しいはずなのに。



「せっかくだし、いっしょに入りますか?」



「......最後の最後まで、なんなのキミは」



「忘れられない思い出を、と」



「忘れられないよ。いったい、どうやったら宇佐美さんを忘れられるんだ」



 相変わらずの無防備。

 本人曰く、無意識らしいが。


 下着姿で出てくるわ、背中を流しましょうかとか言ってくるわ、他人のベッドでうたた寝に、胸押しつけマッサージ、と彼女は強烈な記憶をいくつも与えてくれた。


 忘れられるはずがない。



「じゃあ、せめて服を脱ぐのを手伝ってくれませんか?」



「......はい?」



「ね、熱があったせいでまだ指先がおぼつかないんですよ。ボタンを外すのが特に難しくて」



 ダメですか、と首を傾ける宇佐美さん。

 潤んだ大きな瞳でこちらを見つめられたものだから、胸がグッと締められる。敵わないな、まったく。



「シャツだけだよ」



 桃色の唇からふふ、と笑みが溢れた。


 宇佐美さんに続いて、洗面台の前に立つ。

 普段なら決して近づかない場所で、ふたり向き合う。


 視線はついつい下へと。

 帰ってすぐに着替えてきたのは本当らしく、上は学校指定のシャツを着ている。膨らみにぐいと押されて浮く、チェックのリボン。


 狙いのものはその膨らみに沿うように、トップ部分だけは少々苦しそうになんとか前を閉じていた。

 このボタンを、外すのか。



「動かないでね」



 できるだけ平然と。

 平静を保って。


 宇佐美さんに手を伸ばす。


 まずはひとつめ、畳みかけるようにふたつめ、手間取りながらみっつめ。谷間の上にあるから、ともすれば指が沈み込んでしまいそうで。


 慎重に、慎重に外していく。


 ちょうど頂上部分のボタンに取りかかったときだった。



「......んっ」



 はち切れそうなシャツの前を抑えているだけあって、動作は簡単だったのだが、外れた弾みで指先が胸に触れてしまった。


 予想外の刺激に、声を漏らす宇佐美さん。

 小さく身をよじる。



「ご、ごめん」



「い、いえ」



「わざとじゃないから」



「......違うんですか?」



「違う、絶対に」



「じゃあ、どうしてこんな脱がせ方を?」



「え......?」



 宇佐美さんに言われ、視線を下げる。

 途中まで外れたボタン。動いたことでシャツがはだけてしまっている。


 そこから覗く白く柔らかそうな肌と、薄黄色のキャミソール。ブラの形すら透けて見えていた。



「リボンだけ残すなんて、やっぱり犬山さん、変態ですね」



 最初に外すべきだったのかもしれないが、あまりの緊張に、あとでいいかと避けていた。


 確かに、シャツがなくなったことで、リボンは存在感を増していた。露わになった肌に、チェックのリボン。だんだんいかがわしく見えてくる。まるで首輪がついているような。



「あ、あとは自分で」



「最後まで、してくださいよ」



「宇佐美さん......」



「早く」



 もう平気な顔を保ってはいられなかった。

 手を微かに震えさせながら、ボタンを一気に下まで外した。


 これでいいかと前を見れば、宇佐美さんはどこかぼんやりとして口を開いた。



「ありがとうございます。最後まで助けてもらって、いい思い出ができました」



 カタコトの日本語みたいな発音で。


 これがいい思い出かどうかは知らないが、耳まで赤くしてそう言う宇佐美さんは、今までにないほど可愛くて。


 なぜか、猛烈に抱きしめたくなった。


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