第10話 JKマッサージ②



「さあ、どうぞ。こっちでうつ伏せに」



「......なんで、そんな生き生きしてるの」



「久しぶりに人にできるので、嬉しくて。それに、お風呂を貸してもらう恩返しが少しはできるかなあって」



「まあ、家で疲れがとれるなら、それに越したことはないけど」



「ふふっ、すぐに気持ちよくさせてあげますからね」



「なっ......」



 そういう発言はあらぬ誤解を生むから控えてほしいのだが、なにせ本人に自覚はない。自覚がないから、説得のしようがない。


 俺はため息をひとつ吐いて、ベッドに横になった。


 ちなみにベッドでの施術について、一度は丁重にお断りしたのだが、膝をついてやるには床は硬すぎるとのことで押し切られた。



「じゃあ、始めますよお」



 大人しくうつ伏せになると、尻にずっしりとしたなにかが。尾骨の上のそれは、ふにふにと柔らかく、俺の体温よりちょっとばかし温かい。これって、まさか......



「え、上に乗ってマッサージするの?」



「当たり前ですよ」



「でも、膝をついてするって」



「腰回りは場所が悪いのでつきますけど、首や肩甲骨付近を揉むには上に乗らないと」



 重いかもしれませんが我慢してくださいね、と宇佐美さんは俺の肩に手を置いた。親指で凝っている箇所を探っていく。


 その度に、宇佐美さんのお尻がくい、くいと動いて、俺は血という血が頭に向かってくるのを感じた。


 そもそも女性との関わり自体少ない俺が、こんなに可愛くて優しい女の子に触れられている。


 それだけでおかしくなりそうだった。



「わわ、ここ凝ってますね」



「......ん?」



「普段猫背で作業してませんか?」



「うーん、まあ......」



「よくほぐしておきますね」



 だが、緊張したのも一瞬。


 自信があるだけあって、宇佐美さんのマッサージの腕はなかなかのものだった。肩甲骨の凝り場所を探り当てると、周辺から揉みほぐす。そこから腰の辺りまで手首を使って押し流していく。



「どうですか?」



「不本意だけど、気持ちいい」



「んふ、わたしでよかったらいつでもやってあげますよ?」



 宇佐美さんの指が首に当てられる。

 頭痛の種となる凝りの箇所を慎重にほぐしていく。蕩ける心地。手足の力がすっかり抜けきったころ、宇佐美さんは俺の身体から下りた。



「次は仰向けになってください」



「ん......仰向け?」



「せっかくなので、胸周りの筋肉もマッサージします」



「ああ、助かる」



 快感にふわふわする身体を上へ向けると、枕元へ移動していた宇佐美さんと目が合う。ぺたんと女の子座りをして、俺を見下ろす姿はたおやかで、母性すら感じる。


 日々違う顔を見せる子だと思う。



「どうかしました?」



「いや、面白いなって」



「なにがですか?」



「数日前までお互いのことをよく知りもしなかったのに、毎日顔を合わせて、こうやってマッサージまでしてもらって」



「そう聞くと、確かに面白いですね」



 相槌を打って、脇の辺りを揉む。


 そんなとこも凝っていたのか、と驚かされていると、宇佐美さんが脇より下をほぐすため、上半身を前に傾けた。



「ちょっ......!」



 俺は思わず声を上げた。

 視界が宇佐美さんの胸でいっぱいになったからだ。パジャマの縞を広げる大きな膨らみ。それが俺の顔の上でふよふよと揺れている。


 しかも、手を動かすたびに宇佐美さんはふっ、ふっと細かく息を漏らしていて。


 なんかもう、いろいろ、ヤバい......!



「はい、終わりましたよ......って、犬山さん、どうしました?」



 ほっぺが赤いですよ、と俺の顔を覗き込む宇佐美さん。俺はなんでもないと誤魔化す。血行がよくなったせいだ、と。


 宇佐美さんは嬉しそうに目を細める。

 俺は急いで起き上がり、宇佐美さんと、正確には宇佐美の豊満な膨らみと距離をとった。



「それで、なのですが」



 姿勢を正し、改まった口調で。

 宇佐美さんはこちらを窺い見る。



「マッサージもしましたし、予定はなくなったと思うので、もしよろしければ責任をとってくれませんか」



 セリフと態度が合っていない。

 が、真剣さは伝わる。


 俺はゆっくりと首を縦に振った。

 てっきり諸手を挙げて喜ぶかと思ったのだが、宇佐美さんはなおも神妙な面持ちで。


 また唇に手で触れる。



「責任、とってくれるんですね」



「ま、まあな」



「......しちゃったん、ですもんね」



「ん......んん?」



 しちゃった、とは?

 なにをしたんだ?


 確認しようとしたところで、宇佐美さんがパッと振り返る。隣の部屋のテレビのほうを見て。それから、慌ててベッドから飛び降りた。



「大変、十時過ぎてる。帰らなきゃ」



「あ、ああ」



「おやすみなさい、犬山さん!」



 勢いよく部屋を出ていった宇佐美さん。

 挨拶もそこそこに。


 おやすみ、と返す暇もなかった。


 俺はひとり、ベッドの上で首を捻る。



「......なにをしちゃったんだろ?」


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