第9話 JKマッサージ①
「こ、こんにちは、犬山さん」
「......今、夜の九時だけど?」
「あ、えと、いい天気ですね!」
「雨降ってるよ......?」
「そう、ですよね。あは、あはは」
ぎこちない笑い。
見てるこっちが辛くなるような。
てっきり来ないかと思っていたのだが、とっぷり日が暮れてから、宇佐美さんは現れた。
と思えば、この調子。
まさかここまで意識されようとは。
さっきから宇佐美さんはしきりに髪をいじっては、こちらをちらり。またいじっては、ちらりちらり。
俺と目が合うと、いけないものを見てしまったみたいに、そっぽを向いてしまう。
なんなんだ、いったい。
「もう遅いから、早く入りな」
そう言ってドアを大きく開ける。
途端に宇佐美さんは口角を上げ、小走りで横をすり抜けて、部屋に入っていった。
すぐに風呂場に行ったところを見ると、もしかして、昨日のことで風呂を貸してくれなくなるとでも思っていたのだろうか。
大胆なんだか、臆病なんだか。
なんなんだよ、いったい。
可愛すぎるだろ。
「昨日は、ごめんなさい」
風呂上がり。
蜂蜜たっぷりの紅茶をひとくち啜って。
マグカップを片手に宇佐美さんは謝る。
それはそれは申し訳なさそうに。
垂れた耳としっぽが見えそうなほど、しょんぼりとしていた。
「もうそのことはいいよ」
「でも......」
「課題があって大変だったんでしょ。睡眠が足りてなければ失敗することもある。寝るのが遅くなったのは、俺にも原因があることだし」
「それは......そうですけど」
むむ、と口を尖らせる宇佐美さん。
渋々だが、眠れなかった理由のひとつが俺であると認めたわけで。
そうとなれば、宇佐美さんが昨日のベッドでの行為について責任を感じる必要はないはず、なのだが。
マグカップをローテーブルに置き、宇佐美さんは突き出した唇に手をやる。しばらく考えに耽ったかと思えば、なにやら合点がいったらしく、大きくうんうんと頷いた。
「確かに、昨日も一昨日も眠れなかったのは、犬山さんのせいですね」
「え、お、おう」
突然の責めへの転じ。
俺は少しばかり戸惑う。
認めるよう促したのは俺だけど。
なにもそこまではっきり言わなくても。
宇佐美さんは口元から手を離し、パジャマの裾をぎゅうと握る。そして、意を決したように俺を真っ直ぐと見据えた。
「じゃ、じゃあ、犬山さん」
「ん?」
「責任、とってくれますか?」
「せ、責任?」
「わたしの睡眠を妨害した、責任をとってください」
「は......はあ」
そう言って身を乗り出した、宇佐美さんの顔。不安そうな表情をしているのに、どうしてか、目だけは妖しく輝いている。
なにをさせようとしているんだ?
「わたしと、お出かけしましょう」
「お出かけ......?」
「はい、今週の土曜日とか」
「宇佐美さんと、ふたりで?」
「ダメ、ですか?」
こんな可愛い子とお出かけ。
それは責任をとると言えるのだろうか。
むしろご褒美では。
なんて言葉は呑み込んで、俺はマグカップをテーブルに置いた。
「行きたいところだけど、土曜日は予定が」
「土曜日、予定......女性ですか?」
「まあ、女性といえば女性かな」
「そ、そんな......」
あからさまにショックを受ける宇佐美さん。そんなに出かけたかったのか。もしくは、俺に罰を受けさせたかったのか。
よく分からんが、変な誤解を招く前に説明したほうがいいようだ。
「マッサージだよ、マッサージ」
「マッサージ?」
「最近仕事が忙しくてさ、身体がバキバキなんだ。街のほうに腕のいいおばあさんがいるんで、たまに行ってるんだけど。今週末もお世話になろうと思って」
「なあんだ、マッサージかあ」
女性っておばあさんのことね、と笑う宇佐美さん。やっぱり誤解していたらしい。
同時に、煌めきを取り戻す瞳。
その目には既視感がある。
数日前に見たばかりだ。
「だったら、犬山さん」
「ダメ」
「まだなにも言ってませんよ」
「だいたい分かるから。そして、それは間違いなくよくないことだ」
「ええー、自分で言うのもなんですが、わたし上手いですよ?」
宇佐美さんが手をわきわきと動かす。
「マッサージ、わたしに任せてください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます