第8話 うたた寝女子高生②



「......マジか」



 それから二十分後。

 俺はまたも彼女に困らせられていた。


 確かに奥の部屋を見ていいとは言ったが。



「ベッドで寝るとは聞いてない......」



 急いで出勤したせいで、全く整えられていないくしゃくしゃのシーツ。そしてその上に横たわる、オレンジのパジャマに身を包んだ宇佐美さん。


 パジャマはパーカーと短パンのセットアップで、手触りのよさそうな生地でできている。フード部分にはなにやら耳のようなものがついていて、被ればオレンジの縞猫に見えて、それはそれは可愛いことだろう。


 いや、そんなことはどうでもいい。


 今気になるのは、その丈だ。


 夢を見ているのか、宇佐美さんが途端にによによと笑う。端に畳まれた掛け布団を抱き、ううん、と寝返りを打った瞬間。


 ただでさえ短いパンツの裾が捲れ、太ももが付け根まで露わになる。


 ほっそりした脚は湯上がりにほんのり赤く、きめ細やかな肌が触れたらさらさらと、それでいて柔らかそうだった。



「普通なら、誘ってると思われてもおかしくない状況だよな、これは」



 だが、相手は純真無垢な女子高生。

 課題を遅くまでやっていたというし、風呂に入って余計に眠くなったのだろう。


 ちょっと申し訳ないが、もう夜も遅い。

 起こして部屋に帰すため、俺は宇佐美さんに手を伸ばした。



「宇佐美さん、起き......うわっ」



「う〜ん、犬山さ〜ん」



 それは一瞬の出来事だった。

 完全に油断していた。


 肩に触れるや否や、寝ぼけた宇佐美さんに腕を引かれて。力が強くないとはいえ、その予想外の動きに対応できず、俺はそのまま滑るようにベッドの、宇佐美さんの隣に倒れ込んでしまった。



「う、宇佐美さん?」



「ん〜、甘い匂い」



 宇佐美さんが腕を抱き、擦り寄ってくる。



「あ、ホットチョコつくってたから」



 風呂上がりに出そうと鍋でつくっていたのだ。チョコの甘い香りがしたのだろう。宇佐美さんは鼻をすんすんとさせ、口元を緩ませる。


 なんだか、嫌な予感がした。



「う、宇佐美さん、起きようか」



 声をかけても、起きない。

 それどころか腕に身体をぴたりとつけ、俺との距離をさらに詰めてくる。


 二の腕を包む、ふたつの膨らみ。

 見た目よりもずっと柔らかで温かい。


 横を見れば、すぐ近くに宇佐美さんの顔がある。人形のように長い睫毛の、細かい動きが分かる。ぷっくりとした唇にも触れられるほどの近さ。


 心臓が激しく暴れている。

 まるで警鐘のように、バクンバクンと。



「犬山さ〜ん」



「な、に?」



「犬山さん、おいしそ〜」



「はあ、まだ寝ぼけてるのか」



「んふ、いただきま〜す」



「ああっ、おい!」



 カプッ、と。

 止める間もなく、宇佐美さんに頬を噛まれる。てっきり食われるかと思ったが、意外にも優しい、甘噛みだった。


 さすがに耐えきれず声を荒げたせいか、宇佐美さんは徐々に覚醒。んん、と甘い声を漏らしながら、薄目を開ける。



「い、ぬやまさん?」



「やっと、起きたか」



「なんで、わたし......」



「とりあえず、離れてもらっていいかな?」



 まだ状況を掴めていない宇佐美さん。

 しかし、ふたりの距離と感じる体温、加えて自分が相手になにを押し当てているか分かると、一気に顔を赤らめた。



「〜〜〜〜っ!」



 声にならない声を発しながら、宇佐美さんは離れて。そのまま、ベッドの隅にペタンと座り込んだ。



「わたし、なにか、しました?」



「なにかしたかと言われれば、したね」



「ご、ごめ、んなさ」



 あまりの羞恥に、言葉も上手く紡げない様子。俺はかえって申し訳なくなり、ただ寝ている宇佐美さんを起こそうとしたら引っ張られただけだ、と嘘をついた。


 本当かどうか、疑りつつも、少し安堵する宇佐美さん。だが、どうにも拭えぬ違和感に、指で唇に触れる。


 まだ感触が残っているのだ。


 それは俺も同じで。


 腕を包み込む柔らかな膨らみも。

 頰に触れた、ぷっくりとした唇も。

 生温かい息さえも。


 なかなか消えてはくれなかった。


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