第5話 〇〇ステーキの蒸し〇〇添え①
「こんにちは」
「今日は、早いんだな」
「日曜日ですからね。課題も残っているので早めに入っておこうかと」
「そうか」
夕方、なに食わぬ顔で部屋を訪れた宇佐美さん。迎え入れるため、俺はドアを大きく開ける。
今日は白いブラウスに淡色のクロップドパンツと、昨日よりカジュアルな装い。どんな格好でも可愛いなあ、と思いつつ、少し恨めしかった。
着替えを片手に、宇佐美さんは玄関に入る。俺ばっかり、昨日のことを気にして。彼女の髪が頰に触れただけで、背中を伝う泡を思い出してしまう。
いくら自分は服を着ていたとはいえ、半裸の男と風呂に入ったというのに。
宇佐美さんにとって、それはどうでもいいことだったのだろうか。それとも、単に俺を意識していないから、なんとも思わないのか。
なんにせよ、平然と部屋に入ろうとする宇佐美さんが憎らしく、高校生相手に悩む自分が恥ずかしくもあった。
奥に引っ込もうと、戸を引く。
瞬間、風呂場に直行するはずの宇佐美さんの足が止まった。
「いい、匂いですね」
「ああ、昼飯つくったから、その匂いかも」
「お昼ごはん、なんだったんですか」
「あー、適当に肉焼いただけ......って、どうした?」
気がつけば、宇佐美さんがキッチンをぼーっと眺めていた。肉を焼いたフライパンがそのままになっている、その場所を。
なんだ、その物欲しそうな顔は。
「腹、減ってんのか」
「へ、減ってない、です」
ぐううう、と部屋に響く音。
お腹を素早く押さえる宇佐美さん。
「昼飯食べてないの?」
「食べました」
「なに食べたの?」
「ス、ステーキです」
「ステーキ?」
嫌な予感がした。
銭湯に行く金もないと俺の部屋に来たはずなのに、昼飯がステーキ。そんなことあるのか?
もし、宇佐美さんが嘘をついていないとしたら......
「なんのステーキだったか、気になるなあ。もしかして、牛肉?」
「いえ」
「じゃあ、豚?」
「いいえ」
「まさかの、鶏肉?」
「......いいえ」
羊肉や鹿肉、ということも考えられなくもないが、財力からして排除して問題ないだろう。
とすれば、だ。
「......やし、です」
「え?」
「もやしです!」
「も、もやし!?」
「わたしのお昼ごはんは、もやしのステーキです!」
「もやしってステーキになるのか。いや、そもそも味をつけたところでステーキといえるのか」
「今日は特別豪華でしたよ。蒸しもやしも添えましたから。もやしステーキの蒸しもやし添えです。こんな贅沢なステーキありませんよ!」
まさかの回答。
しかも、なぜか迫力満点の胸をぐいぐいと張られて。
もやしステーキの蒸しもやし添えって、それ最早もやしでしかないでしょ。ただもやしを焼いて、蒸して、ソースかけただけ。
しかも、豪華とか、贅沢とか、いろいろ言い連ねたあとに、盛大にお腹の音が鳴り響いた。
「......くう」
「そんな、怖い顔しないで」
「お腹なんか、空いてないですから」
この子はなにを言っても認めないだろう。
ここは、俺が折れるべきかもしれない。
建てつけの悪い戸をガタガタと閉め、宇佐美さんに向き合う。そして、視線を逸らしつつ、腹を押さえた。多少、わざとらしいかもしれないが。
「やあ、どうやら昼飯が少なかったようだ。腹が減ってきたなあ。そうだ、夕飯の材料もないし、買い物にでも行こうかなあ。よかったら、宇佐美さんもどう?」
ちら、と宇佐美さんを見る。
俺の考えを読んだのか、宇佐美さんは瞳をうるうるとさせて、微笑んだ。
「やっぱり、犬山さんはいい人です」
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