第4話 身体、洗いましょうか?②



「犬山さん、まだお風呂に入ってませんよね?」



「入ってはないけど」



「じゃあ、お背中流します」



「な、な、な......」



 なにを言ってるんだこの子は。

 人の忠告を聞いていたのか。


 身体を洗いましょうか、なんて。

 知り合って間もない男に言う台詞か?


 と苛立ちつつも、頭では妄想してしまっている。目の前の少女が、タオルを片手に、あられもない姿で奉仕する。泡にまみれながら、シャワーが勢いよく出ちゃったりもして。


 たわわに実ったふたつの果実が、背中をぐいぐいと押してきて......



「わたしは入ったので、もちろん服は着たままですけどね」



「あ、当たり前だ」



 一瞬、思考を読まれたのかと思った。

 あどけない少女の、いやらしい妄想を。


 だが、宇佐美さんにそういった意図はなかったようで、冷や汗を流す俺を不思議そうに眺めていた。彼女が純粋でよかった......



「というわけで、いっしょにお風呂、入りましょう」



「入りません」



「え、どうしてですか?」



「どうして、じゃないよ。普通はよく知りもしない人とお風呂に入らないでしょ」



「犬山さんはいい人ですよ?」



「俺だって、男だし」



「じゃあ、いい男の人です」


 だからいいでしょ、と語尾を甘ったるく伸ばして、宇佐美さんは俺の袖口をくい、と引っ張る。


 半袖のもこもこパジャマを着た、湯上がりの宇佐美さん。こんな可愛い少女に頼まれて、悪い気はしない。


 そんなこんなで、半ば無理やり風呂場に。さすがに全裸は犯罪臭漂うので、腰にタオルを一枚巻いて、風呂場の椅子に腰かけた。



「じゃあ流しますよお」



 シャワーの温度を確認し、ゆっくりと背中からかけていく宇佐美さん。頭にはかけづらいだろうと上を向くと、なぜかにまにまと笑う彼女と目が合った。



「......なんだよ」



「いえ、ただ......可愛いな、と」



「こんなおっさんが?」



「昔飼っていた亀に似ています」



「か、亀?」



「甲羅に面白い模様があって、甘えん坊で、のんびり屋さんで、とても可愛かったんですよ」



「亀、ねえ」



 なんか、褒められている気がしない。


 そんな俺の不満なんかお構いなしに、宇佐美さんは髪をお湯で濡らし、シャンプーし始めた。細い指が頭を素早く行き来する。


 日々の疲れがほぐれる、強弱のついた動き。洗い流すと、いつもよりさっぱりして、気持ちがよかった。


 正直、脳までとろけそうだった。


 だから、宇佐美さんが背中を洗い、泡だらけの手を前に回してきても夢うつつ、されるがままだった。



「う、宇佐美さん!?」



「はい、なんでしょう」



「そ、そこは、洗わなくても」



「いえ、身体を洗うと言ったからには、前もしっかり洗わないと」



「え、あ、あの」



 宇佐美さんの手が腹の辺りをなぞる。くすぐったいような、気持ちいいような。よく泡立ったボディーソープでするすると肌を滑る。


 その感触が、温度が、じんわりじんわりとさらに下を刺激して。やばい、これ以上は、耐えられない!



「宇佐美さん!」



「はい?」



「この先は、俺が洗う」



「え、あ......はい」



 指先から泡を垂らし、首を傾げる宇佐美さん。よく見れば、頰にも白い泡がついているし、パジャマはところどころ濡れていた。


 余計に上がる心拍数。俺は目を逸らし、早く風呂場から出るよう促す。


 宇佐美さんは最後まで洗うのに、とごねたが、これ以上濡れたらまた風呂に入ることになると言って追い出した。


 鈍感か、それとも小悪魔か。


 とにかく、注意しなければ。宇佐美さんは思ったより、大胆な子かもしれない。


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