第3話 身体、洗いましょうか?①



 日も傾きかけた頃。

 宇佐美さんは宣言どおり現れた。


 制服ではなく私服姿。

 小花柄のワンピースに黄色のカーディガンを羽織っている。


 今日はちゃんとバスタオルも持ってきましたよ、と見せびらかすあたり、まだ幼いのかもしれない。


 よく褒めてから、部屋に入れた。



「お仕事は終わったんですか?」



 入るなり、宇佐美さんがそう聞いてくる。

 そういえば、来てもいいと言いながら、互いの生活について話していなかった。



「会社は土日休みなんだ」



「へえ、今どきいい会社ですね」



「その分、平日がハードだから」



「そうなんですか」



 高校生ともなれば、社会の状況というのも分かるのだろう。ブラック企業にサービス残業、パワハラ、アルハラ、スメハラ、などなど。社会人を取り巻く環境は刻一刻と変化を見せている。


 俺が勤める会社はそういった問題からは一線を画していた。非常にありがたいことだ。



「でも、今日は土曜日ですけど」



 しかし、宇佐美さんの追及は止まない。

 土曜日がなんだというのだ。


 土曜日、土曜日。

 ああ、そうか。


 今日は土曜日ですけど、社会に出たいい大人がひとり寂しく、アパートに引きこもりですか、と問いたいのか。



「予定なら、ない」



 少々無愛想に答えたつもりだったのだが。

 宇佐美さんはなぜか嬉しそうに。



「それはよかったです」



 にこにこと風呂場へ向かった。


 そりゃ、俺に予定がなきゃ、風呂を借りる当てに困らないだろうさ。


 自分の女縁のなさに不貞腐れながら、昨日と同じように奥に移る。部屋に入って、ちょっとしてから、服とタオルを置く音が聞こえた。


 一応、気にはしているようだ。


 俺はなるべく意識を向けないよう、テレビをつけ、ボリュームを上げて見始めた。


 くだらないバラエティ番組に今が売りのグラビアアイドルとやらが出ていたが、宇佐美さんの身体のほうがより魅力的に思えた。


 胸は同じくらいだが、腹のくびれも尻の締まりも、太ももの張り具合からしても宇佐美さんのほうがいい。


 なにより、所作が違う。

 宇佐美さんは頭を下げるのも、お茶を飲むのも、タオルを差し出す姿もすべて美しかった。



「ふうん、こういう人が好みなんですね」



 後ろから、不機嫌な声。


 いつまにか風呂から上がった宇佐美さんが、テレビを覗き込むようにして立っていた。



「好みではない」



「でも、食い入るように見てましたよ」



「そりゃあ、健全な男なら見るさ」



「やっぱり好きなんじゃないですか」



 むう、と唇を尖らせる宇佐美さん。

 いちご柄のタオルで頭を乱暴に拭いた。



「わたしだって、負けてませんけど」



 そう言って、自分の身体を見下ろす。

 タレントにも劣らないその膨らみを、ふにふに、ふにふにと、揉み始めたものだから、男の前でそういうことをするな、と注意しておいた。


 気を抜くと、これだ。

 もう少し警戒してほしい。



「牛乳飲むか?」



「い、いいんですか?」



「あとちょっとだから、飲み切りたい」



 部屋を出て、冷蔵庫を開ける。

 一週間買い物に行く暇もなかったから、ほとんど空になっていた。


 右手のポケットから牛乳を出し、キッチンからコップを取ると、部屋へと向かった。



「なんだかお世話になってばかりで、本当に申し訳ないです」



「いいんだよ、世の中持ちつ持たれつだから。お隣さん同士助け合わないと」



「だけど、わたし、犬山さんになにもしてあげられません」



「それは追い追い考えてくれれば」



「うむむ......それじゃ、悪いです」



 眉間にシワを寄せて。

 余計に悩ませてしまったようだ。


 宇佐美さんは牛乳をぐびぐび飲んで、コップをテーブルに置く。それから、しばらく逡巡したのち、突然キラリと目を輝かせた。



「身体、洗いましょうか?」



「はっ?」


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