第2話 無防備な女子高生はお嫌いですか?②
「すみません、なにからなにまで」
十五分ほどして、少女は風呂から出てきた。女子にしては早いほうだとは思うが、他人の部屋の風呂だ。落ち着いて入ることもできなかっただろう。
俺は湯上がりで暑いだろう、と冷えたお茶を差し出した。彼女が風呂に入っている間に下の自販機で買ってきたのだ。
申し訳なさそうにする少女。まさか頭を冷やすため、とは言えず、俺も暑かったんだと答えた。
ローテーブルを囲み、茶を飲む。
二、三言話すと、少女の警戒心もちょっとずつ解けたようだった。
「ところで、さ」
「はい」
「このアパート、女性の入居者もいると思うけど、他の部屋の人に借りようとは思わなかったの?」
「うーん……」
少女は顎に手を当て言い淀む。
悩む様子からして、なにか言いたいのか分かる気がする。
「信者の方々には借りづらいな、と」
「……そうだよね」
やっぱりそうか。
このアパート、なにも古いだけが問題ではない。入居者もいろいろと難ありだった。
一部は強烈な宗教信者、一部は強烈な政党支持者。他にも怒号が絶えない大家族部屋に、男二人が住む職業不詳部屋と、個性派揃い。
あまりの怖さに、特に関わりにくい入居者がいる階と部屋のことを、それ以外の住人は異端者エリアと呼んでいた。
正直、俺でも声をかけづらい。
「それに、異端者エリアの人はほとんどがガタイのいい男性ばかりで」
「まあ、確かに」
「ここに来てよかったです、ほんと」
ふふ、と笑って、髪から滴る水を拭く少女。風呂上がりの彼女はなんだか、さらに艶っぽい。
湯で上気した頰は、ほんのり赤く。身体が熱を孕んでいるためか、目も潤んでいて。ハリのある肌に額の髪から滴が垂れて、つうっと弾く。
こんな魅力的な子がもし他の男のもとへ行っていたら、どうなっていたことか。
「今日は大丈夫だったけど、少しは用心したほうがいいよ。男に限らず、知らない人はとにかく危険だ」
「……はい」
頷きながらも、笑みを崩さない少女。
完全に安心しきっている。いっそ襲ってみれば分かってくれるのだろうか。こんな感じで、少女はこのアパートで暮らしていけるのだろうか。
膨らみのわりに細い手足を眺めていると、少女がペットボトルをテーブルに置き、身体を俺に向けてから、かしこまった様子で口を開く。
「あ、あの、忠告を頂いたうえで、本当に申し訳ないんですけど……」
ここまできたら、言わなくても分かる。
「......分かったよ。他に当てがなければ、明日以降も来てくれていいから」
「あ、ありがとうございます。ほんとに、感謝してもしきれません。えっと……」
「犬山だ」
「犬山さん、ですね。わたしは宇佐美と申します」
「宇佐美、さん」
「ふふっ、今さら自己紹介なんて、おかしいですよね」
「そうだな」
「でも、本当に犬山さんには助けられました、いえ......」
濡れた髪をちょこんと揺らして。
首を少しだけ傾ける。
なんともあどけない仕草。それだけで胸がぐっと、掴まれた気がした。
「これからも、お世話になります」
ちょっと図々しいですかね、と。
宇佐美さんが眉尻を下げる。
俺はなにも言えずに、ただお茶をひとくち啜った。
それからしばらく談笑して、宇佐美さんは隣の部屋に帰った。帰りがけ、自分の肩のタオルに気づき、礼とともに丁寧に返してくれた。
可愛いパジャマ姿の宇佐美さんは、去り際さえも完璧に美少女だった。
残されたのは、まだほの温かいバスタオル。ふわりと香るのは、俺が使う安物のシャンプーと、女の子特有の甘い匂い。
宇佐美さんの、匂い。
「……どんな気持ちで洗えばいいんだよ」
ボロいアパートのドアに向かって、俺はひとり呟いた。
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