明珍火箸風鈴 ~夏の現場不在証明 Part 3

葛西京介

明珍火箸風鈴 ~真夏の現場不在証明 Part 3

 その日、友人である売れない作家・小木おぎゆず(ペンネーム)のマンションへかき氷(カップの)を差し入れに行くと、探偵のさと義助よしすけ氏が来ていた。こんなこともあろうかとカップは四つ買ってあったので、一つは後で家へ持って帰って食べようと思う。なお、私とこの二人の関係は例によって省略する。(興味があれば前2作も読んで)

「ところで今日も何か事件の相談ですか」

「うん、まあ、それもあるけど」

「それ?」

「スイカの差し入れに来てな。さっきまで二人で食べてたんや」

 珍しい、安里氏が差し入れとは。さてはこの前の事件のタレ込みで警察から報奨金でも出たのか。

「気にしないで下さい。私、昔からスイカ苦手なんです。食べると口の周りが痒くなるんで」

「それは可哀想に」

「それで事件の方は」

「密室なんや」

「誰が殺されたんですか」

「密室やったら殺人とは限らんのやで」

 それはまあそうかな。現実では密室殺人なんて発生することはほぼあり得ないし。さて、ここで聞き手を友人とバトンタッチする。友人は疑問点をまとめるのだけはうまいから。

「現場は風鈴荘というアパートでな」

「それはまた風流な名前ですね」

「夏の間は大家の部屋の裏窓の外に風鈴をぶら下げることにしてるからそういう名前。最近は風鈴も“騒音”と言われるようになって世知辛いけど、そこは近隣にもちゃんと認められてるし、住人は入居するときに風鈴の音に苦情を言わないという誓約書にサインすることになってる。まあ苦情を言おうにもそれが“みょうちん火箸風鈴”っちゅうて、ものすごいええ音するねん。みんな聞き惚れるくらいやから、誰も文句言うてえへんのやな。明珍火箸風鈴って知ってるか?」

「知りません」

 友人の知識レベルはこんなものである。安里氏が私の顔を見たので頷く。兵庫県姫路市の明珍本舗で作られている風鈴。明珍家は平安時代から続く甲冑師の家系で、明治に入ると火箸を作るようになり、現在ではその火箸を使った風鈴で知られている。

 風鈴の構造は独特で、「8センチくらいの十字型(または丸形)をした金具から、火箸を4本、糸で吊す」「その金具の真ん中から、短冊の付いた金具(“ぜつ”という)を糸で吊す」となっており、短冊が風で揺れてぜつが周りの火箸に当たると音が鳴る仕掛け。これが超絶涼しげな音で、ネットに動画も上がっている。

「あまりにもええ音するんで、噂ではスティービー・ワンダーが気に入って楽曲に取り入れようとしたとか」

「スティービー・ワンダーって誰ですか」

「知らんのか! アメリカの竜鉄也とも言われるあの有名な歌手を」

 いや、竜鉄也の方がもっと知られてへんし。知ってんの、うちらのお父さんの世代やん。そんなんどうでもええから事件の説明を。

「風鈴荘は2階建てで、上下とも四つずつ部屋がある。1階の一番端は大家の部屋。住人は7人。2階とは階段でつながっていて、降りるとちょうど大家の部屋の前。事件が起こったのは一昨日の夜。大家が部屋で殴られて気絶してた。犯行は夜の8時から9時の間と思われる」

「なんで時間わかるんですか」

「毎晩、8時になると大家は風鈴をしまう。近所迷惑やないはずやけど、そういう習慣なんや。その日も8時頃になったら風鈴の音が消えた。これは住人の何人かが証言している。そして9時に住人⑦が……あ、名前は出されへんから部屋番号な。⑦が大家の部屋へ行ったときに、大家が気絶しているのを発見した」

「怪しいですね。“第一発見者は疑え”」

「まあ待て。⑦は呼び鈴を鳴らしたけど大家が出て来なかった。電気が点いてるのでおかしいと思って、隣の部屋の①を呼んで、一緒に部屋へ入ったら……と言うてる。だから犯行は8時から9時の間」

 とりあえず全住民の夕方以降の行動は以下のとおりらしい。

  ①7時前帰宅。家でずっとテレビ(特番)を見ていた。

  ②7時頃大家へ家賃を支払い後、ビアガーデンへ。9時帰宅

  ③終日自室でゲーム。7時から9時まではフェスに参加。

  ④7時頃大家へ家賃を支払い後、夜店の金魚すくいへ。9時帰宅。

  ⑤7時から9時まで自室へ高校生(JK)を呼んで家庭教師。

  ⑥夏休みで帰省し、不在。

  ⑦7時頃大家へ家賃を支払い後、盆踊りへ。9時帰宅。

 風鈴の音に関する証言は、

  ①帰ってきたときには聞いたが、その後は聞いていない。

  ③8時前には音を聞き、8時より後には聞こえなかった。

  ⑤同上。一緒にいたJKも気付いていた。

  ②④⑦部屋を出る前には鳴っていた。

 それぞれの証言に対する友人と安里氏の討議は、

「①は何の特番見てたんですか」

「クイズ番組。見ながらネットで参加してたからずっと部屋にいたのは間違いない」

「大家の隣やのに物音も聞いてないんですか」

「テレビの音が大家に聞こえて文句言われたことあるから、ヘッドホンしてるんやと。それで何も聞いてなかった。風鈴の音を帰宅直後しか聞かんかった理由もそれ」

「②はビアガーテンって、今年(2020年)やってるところあったんですか」

「あったよ。阿倍野の方に。②がずっとそこで飲み食いしてたのは従業員も憶えてた」

「③は何のゲームしてたんですか」

「ちょうどフェスで、ウナギ対ハモっていうのに参加してた、って言うたらわかるやろ。ハモチームで大活躍やったって」

「④は夜店って。しかも金魚すくいって」

「金魚すくいの達人。自室でも金魚飼って練習してる。その日も絶好調やったって。目撃者はいっぱいいる」

「⑤はJKを部屋に呼んで家庭教師ですか。けしからんリア充ですね。そいつ犯人ですよ。JKは恋人やから証言の信憑性に欠けます」

「いや、⑤は女やし、Lでもないし」

「⑥はその日絶対帰って来られへんところに帰省したんですか」

「沖縄。羨ましいやろ」

「⑦は盆踊りって。まさか踊りの達人ですか」

「踊りやなくて、河内音頭の歌い手の達人」

 とまあ、こういう感じ。ところで私は安里氏がなぜこの件を“密室”と言っているのかわからない。どう考えてもアリバイ崩しに思えるけど。それを訊いてみる。

「住人は全員アリバイがあるからな」

「じゃあ、何が密室なんですか?」

「大家の部屋の前へ行くとセンサーで玄関灯が点くんやけど、その光がたまたま近所の家の防犯カメラに映るようになってるねん。それで7時頃から9時頃までは全く光ってないっちゅうのがわかったんや。そやから、その間にどうやって部屋に入ったのかがポイント。ちなみに鍵はかかってなかったけど」

「裏窓はどうなってました?」

「掃き出しのサッシ窓やけど、クレセント錠がちゃんと閉まってた。それに“緑のカーテン”があるからそこから出入りするのは無理。ちなみに地面はコンクリートやけど、夕方の打ち水が乾いてなくて、足跡はいくつかあったけどぼやけてて誰のかは不明」

「大家さんは生きてるんですよね? だったらいつ誰に襲われたかわかるんじゃないんですか」

「ショックで記憶が曖昧になってて、その前日のこととごっちゃになってるんやて」

「依頼者は大家さんですか?」

「……そう」

 どうして歯切れが悪いのだろう。もしかして安里氏はそこの住人で、またただ働きしてるのだろうか。まさか⑥が安里氏?

「ごっちゃっていうのは何が?」

「ちょうど家賃の支払期間で、その日と前日は住人が同じような時間に入れ替わり立ち替わりやって来たからやと。そうそう、その家賃が盗まれてた。被害額は約15万円。その日は3人が支払いに来たけど、順番も憶えてないと。家賃ノートに“支払い済み”の日付があるだけで、時間は記載なし」

「②④⑦は誰が先で誰が後とか自分たちでわかってないんですか?」

「それがなあ、自分の後にも誰か大家のところへ行ったはずやって、みんなが言うねん。防犯カメラも、誰か来たことは光でわかるんやけど、顔が映らへんから順番はわからへんのやな」

「でも、誰かが嘘を言ってるのは間違いないですよ」

「そやけど、それはどうせ7時頃のことやから、結局、事件に関係ないやん」

「8時まで風鈴の音が鳴るように偽装したかもしれませんよ」

 最後、私が言おうと思ったのに友人が横から口を挟んできた。私が言いたいことを察知したのだろうけど、どうやって偽装したかわかっているのだろうか。

「どうやって?」

「例えば風鈴の音を録音して、音楽プレーヤーで8時まで鳴らし続けるとか」

「実物の音が良すぎるから、録音で再現は無理やな。住人はみんな聞き慣れてるから音質が違ったら気付くはず」

「じゃあ本物の風鈴をもう一つ用意して、8時になったら音が止まる仕組みを作ればいいんですよ」

「そやから、どうやって?」

「それは……」

 友人が考え込んだ。安里氏には何も考えがないのかな。私は一応、思い付いたんだけど、それを言う前に確認の質問。

「その日、蚊取り線香の匂いがしたということはないですか?」

「蚊取り線香は毎日大家が裏で焚いてる。ヤブ蚊を追い払うために」

「じゃあ、それで音が止まる仕組みを作れますね」

「どうやって?」

 7時頃、大家の部屋へ行く直前に上の部屋から風鈴を長い糸で吊り下げる。糸には1時間分の蚊取り線香を絡めておく。それから大家の部屋へ行って犯行に及ぶ。その際、大家の風鈴を片付けて窓を閉める。1時間経って8時になったら糸が焼け切れて風鈴が下に落ち、音が止まる。下には水を入れたバケツを置いておけば、落ちたときに余計な音が鳴らない。

「そうすると、大家の上の部屋の④が犯人?」

「金魚飼ってるんですよね。水道水のカルキ抜きするためにバケツ持ってるんじゃないですか」

「それで夜店から帰ってきたときにさりげなくバケツを回収するんか。そこに金魚入れて帰ってきたふりして。しかし、アリバイ作って金盗むために高い風鈴買うんかー。本末転倒やなー」

「きっと実家が姫路で、そこからもらったか送ってきたかしたんですよ」

「いや、実家は大和郡山や」

 残念。でも解決できたと思うけど、今回もアリバイ崩し代の5千円は取りっぱぐれるんやろか?

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