第3話 食卓ハラスメント

風呂から上がり、侍女に手伝ってもらって身支度。


わたしが纏っているのは、肩から背中が大きく開いた純白のレースのナイトドレス。

履いているのは薔薇のような花飾りが付いたパンプス。

こんな風通しのいい服では湯冷めしてしまう。スウェットのほうがいい。

ヒールで爪先が詰まるし、かつかつというヒールの足音もなんだか攻撃的に思える。サンダルのほうがいい。

そんなことを思ったが、ここでは若い女性として振る舞わなければならない。

今のわたしは、中年おじさんではないのだから。


せめて腹を冷やしてはいけないと思い、両手を臍のあたりに添える。

すると背筋が伸びて、いくらか歩くのが楽になった。ヒールの音がならないように恐る恐る歩いていると、膝を曲げすぎないように意識すると良いことを覚えた。


案内されて、大広間に入った。

短距離でもできそうな、長すぎる食卓だ。


食卓の一番奥に、ジェルトン王。

右手にギャロー博士、赤髪の騎士エンジ。

左手には、初対面の青髪の眼鏡の男性がいる。例によって例のごとく美男子だ。よく見ると耳が尖っている。エルフ族だろうか。


遅れて、わたしの背後から、あの緑髪のフウラがやってくる。


「座ろ座ろ!」と言って、フウラはわたしの肩を掴み、一番手前の席に座らせた。

彼の肌からわたしと同じ香草のにおいがして、どきっとする。

フウラはそれに気づいているのか、小さく笑って自分も空いていた左手の席についた。


王は食事の前に一同を紹介した。


火の騎士団、団長エンジ・リオンハート。

水の騎士団、団長リュース・スペルディア。

風の騎士団、団長フウラ・バーロック。

そして神機技術長、および王の参謀のギャロー・ボロニアス。


あの青髪眼鏡のエルフ男性は、リュースというらしい。

紹介されて、わたしと目を合わせずに会釈した。

それについてはエンジも同じ。フウラは、やっほーと笑顔で手を振ってきた。


挨拶の後、わたしも立ち上がり、社員研修で学んだ角度で体を折り挨拶をした。


「ロートルと申します」


名乗る前に、「白銀の乙女」「天空人」といった肩書き付けるか思案したが、結局言わずに席についた。


食事が始まる。

この国の食事作法はわからなかったが、接待で失礼がないように必死に学んだフランス料理の作法で問題なさそうだった。

とはいえ、恐る恐るだ。よほど小食に見えただろう。


「さて、ロートル」


王に名前を呼ばれて、自分のことだと気づくのが遅れた。

席が遠いのに、よく聞こえる声。声優による映画の吹き替えを聞いているようだ。


「魔王軍に監禁されていたときの話は、無理にしなくてもいい。心が癒えるまで、ディートサム王国が全力できみを保護しよう。

 ……ところで、この三人の騎士なら、誰を伴侶に選ぶかな?」


言葉に脈絡がなさすぎて、手に変な力が入った。ナイフが皿を引っ掻く音が響く。

なんて? という気持ちで王を見る。


「こんなことを聞く理由は、主にふたつだ」


そう言って、ジェルトン王は二本指を立てた。


「まず、ひとつめの理由。

 天空人の生き残りであるきみには、子孫を残してもらう必要がある。

 これはディートサム王国のみならず、ファンタージャ世界すべての秩序と安寧を守るための崇高な行為だ」


王曰く、天空人とは、絶大な魔力を持った聖なる一族。

地上とは異なる次元である、天界に住んでいたという。

最初にわたしが話した日本や神奈川といった地名は、この天界のものだと解釈されたようだった。


天空人は、魔界から侵略してくる魔王軍の脅威を退けるため、神霊機甲(ディバイン・アーマー)――通称『神機』を創り出した。

天空人の活躍により、ファンタージャ世界の平和は守られ、地上の人々は、彼らを勇者として讃えたのだという。


しかし、千年にも渡る長き戦いの末、天空人は魔王軍に滅ぼされ、甚大な被害を受けた魔王軍もなりをひそめていたという。

滅ぼされる前に、天空人は地上人に神機を託していた。

それが今、火、風、水の騎士団に配備され、耐魔王軍の要として機能しているらしい。


「だが世界のためとはいえ、きみの自由意志を奪いたくはない。そこでオススメを選ばせてもらった。

 どれも容姿カリスマ、何より天空人が託してくれた神機に適正の高い者たちだ。きっと相性がいいと思うよ」


王はそう言って微笑んだあと、ギャロー博士に目をやる。


「はい。ふたつめの理由については、わたしから。

 ロートル様、あなたには神機の研究にご協力いただきたく存じます」


ギャロー博士が厳かに礼をしてから、説明を引き受ける。


「魔王軍と戦う際、エンジ様が操った火の神機ブレイヴォルフ……。

 あれにあなたが同乗したことで、通常の五倍以上のエネルギー増幅が観測されました。天空人の秘めたる力が、神機の力を引き出す鍵となるやもしれません」


ギャロー博士曰く、神機は、ディートサム王国が天空人から密かに譲り受けた技術。

神機に適正のある三人の騎士団長がそのパイロットとなり、次の勇者となるべく準備を進めていた。

しかし現状は、神機本来のスペックの半分も引き出せていないのが現状だ。


勇者亡き今、騎士団は、魔王軍の脅威を退けるために戦う使命がある。

そのためにも、天空人の生き残りであるわたしに協力を仰ぎたいのだという。


「ディートサム騎士団が、全力であなたをお守りします。魔王を退け、共に世界を救いましょう。それが一族の仇を討ち、天界復興の手立てとなるはずです」


つまり、わたしを保護するふたつの理由とは。


天空人の血を絶やさないための子作り要員として。

神機の性能を引き出すための研究対象として。


気遣ってくれたり、大義を掲げているが、丸めるとそういうことだろう。


コンプライアンスについては学んできたつもりだ。

中年男性として、自己防衛のために。

しかしこのファンタジー世界では、それはまだ常識の埒外らしい。


それができるのが、自分だけというだけで。

ここまで選択肢を奪われるものか。


わたしが答えに窮していると。


「……めんどくせえ」


沈黙を破ったのは、赤髪の騎士エンジだった。


「こいつはブレイヴォルフの力を引き出すために使う。あとはおまえらで勝手にヤれ。クソ女にガキ仕込むなんて願い下げだ」


それに応じる緑髪の騎士フウラ。


「ひどいなあ。今ので完全に嫌われたね。ねえロートル、あんなやつより、ぼくみたいな優しい彼氏と一緒がいいよね?」


王はやんちゃな子どもたちを見るように笑った。そこから沈黙を守っている青髪の騎士に話を振る。


「きみはどうかな? リュース。今のうちに、アピールしておきたまえ」


「……特に何も」


青髪の騎士リュースが、ナプキンで口を拭いながら言う。


「選択の余地など、はじめからありません。この者はわたしを選ぶ他ない。

 ……今、それを言えないということは、よほど愚鈍か、疲労が溜まっているのでしょう」


ふむ、と王は頷き、再びわたしを見た。


「確かにまずは、きみの心と体を休めるのが先決だ。休みながらでいい、じっくりと考えてみてくれ」


質疑応答などはなく、その話題はそこで終わった。

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