ここで公開されているのはあくまで試し読みで、最初の章の途中までしかありません。非常に気になるところで終わります。この章の終わり方は神がかっていて(というより、この作品の章の終わり方はすべて素晴らしい どこか切なさが重く残る読後感が癖になる)加速度的に面白くなっていくので、少しでも気になって、ああここで無料範囲は終わりか、どうしようかな買って続きを読もうかな、と迷っている方は、絶対に読んだほうがいいです。(個人的には、あそこで切られているのは少しもったいない気がしますが…)
この作品の白眉は、何といっても音楽の描写でしょう。音楽という、当然文字では完璧に表現することができない題材を取り扱っているのに、セッションの高揚感があふれんばかりに伝わってきます。
たとえばアニメだと音声と映像がついて、漫画だと絵の演出で豊かに表現できるので、ただ単に音楽の物語を完璧に描くにはそちらのほうが都合がいいはずですが、あえて「音声ゼロ、映像なし、想像あり」の縛りがついた、小説という媒体でこうも鮮やかに描き切ってしまうというのは、これぞ小説が小説であることの意味であるといった感がありますね。このある意味小説の大きな醍醐味をこの作品ではたっぷりと堪能することができます。
もしかして杉井光ってすごい作家なんじゃないスか?私は杉井光の作品を読み始めたばかりのニュービーですが、この作品で杉井光は小説という媒体と文章による表現の限界に挑戦している作家なんだなと感じました。
ライトノベルとしてのこの作品は、主人公がヒロイン3人の苦悩を共に解決し、やがてともにバンドを結成するに至る、青春ラブコメ作品です。といえば簡単ですが、そう乱暴にまとめてしまうには、主人公の真琴があまりにも曲者です。
まずこいつは一人称語り手としてまったく信用できません。ラノベの「信頼できない語り手」といえばキョンとか阿良々木暦とかいますが、それとはまた別ベクトルでアレです。怪盗クイーンとか夢水清志郎が語り手をやってるようなもんなんだから話になんねーよ。
こいつは自己評価が無駄に低いため、とんでもないことをサラッと流すのは日常茶飯事です。私は普通の高校生でございといった顔をしてるくせに。エロゲ主人公みたいでやんした…
読んでいて「んん??」となることがあるかもしれませんが、それはだいたい正しい。スルーせずよく確かめてみましょう。遠坂凛のすごさに驚く人がいない問題がこの作品にもあって、期せずして叙述トリックみたいになっています。
しかもバッカみてえに鈍感なため、ヒロインたちの恋心にこれっぽっちも気づきやがりません。この作品は勘違いものとしての側面も備えているというわけですね。あんなスパダリ行為しておいて、いつか脳をこんがり焼いたむくいを受けるときがきっと来ます。真琴が悪いんだよ…
ヒロインたちも音楽のたぐいまれなる才能があるということ以外は等身大の悩みを抱える少女たちで、非常に魅力的です。彼女たちのボケに真琴がツッコミを入れる日常はとても心地よくいつまでも見ていたくなります。
とんでもない深みと豊潤さをもった一大傑作です。もっともっと知名度が上がってもよいとおもいます。この前のセールのとき買っときゃよかったなあ…とか思わず、読め!今読め!読んで若い衝動と美しい旋律をその身に浴びろ!