第5話 クラス長の松村さん

 高校生活にはクラスをまとめるリーダーが必要になるそうだ。


 俺たちのクラスでも、委員会、クラス役員の立候補が行われた。俺は特に何かしたいわけでもないので、傍観者として教室の隅から観察することにした。


 クラス役員は『クラス長』『副クラス長』があった。クラス長立候補者の中で落ちたものが『副』になる、といった具合だ。


「立候補する者はいるか。」


 草薙先生の言葉に教室に三本の腕が咲いた。太い手が一本、細くしなやかな手が一本、そして隣の近距離に咲く一本だ。


 立候補者はクラスメートの前で決意表明ののちクラス投票によってクラス長、副クラス長が決まる。


 まず最初に教室に響いたのはテノールだった。


「俺は茂上隼人。みんなの意見を取り入れた学級にしたいと思っている。よろしく。」


 なかなか覇気のある男子だった。刈りあげられた髪は一種の暑苦しさを感じ笑顔は爽やかさを生む。部活は野球部にでも入るのだろうか。熱血野球青年が甲子園に行く様は見てみたいな。


 二人目はテンション高めなソプラノだった。


「わたしは松村まいです。みんなと楽しいクラスにしたいなーと思っています。よろしくお願いしまーす。」


 かなりの陽キャだ。容姿から推測するに、あの方が以前松田が言っていた松村さんなのだろう。明らかにクラスの中心にいる人物。降ろされた髪は肩で止まりぱっちり二重の眼からは幼さと強さの二つを感じられた。


 三人目はまたもクラスの寒気をもたらした。


「私は小見凛花。この世界のことについて知るためにはこのクラスから知ることが必要だと思うの。頑張りたいわ。よろしく。」


 落ち着いたトーンで語る。みんなもまだ2日目。慣れないだろう。俺とて、フォロー不可能だ。先生の視線をなぜかこちら方向に感じる。



「みんなの思考は理解できないわ。」


「そうだな。」


 放課後、今日も午前中終わりの学校から出て小見に連れられラーメン屋にいた。


 俺の財布は毎日来れる様な金は入っていないと言ったが「奢りよ」と言われたのでついて行ってしまった。


 顔の良い女子と放課後を過ごすのは良いことだし、煩悩には逆らえない。


 今日は俺も普通量のラーメンにした。メンマましましはもうお役御免だろう。使い方は合っているのだろうか。


「わはひは、いひ、ふはすほうになふは。」


「口に物入れてしゃべるな。飲み込め。」


「まさか票が三つなんて。」


「三つ入っただけでも良いだろ。」


「江川は入れてなかってけどね。」


「無論だ。」


 自分から異界人のサポートをする気はない。平凡で良いのだ。


 俺は食べ終えたラーメン皿からスープをすくい、喉に流す。塩辛い。


 横を見る。横顔のラインも綺麗だ。黙っていれば、可愛いのに。


 思ったことをスープとともにまた流し込む。そろそろ水が飲みたい。もうやめよう。


 小見もラーメンを食べ終える。


 奢ってもらうという約束は今回は守ってもらえた。よかったよかった。財布も喜んでいる。


 俺たちの放課後は今日も豚骨色に染まっていた。


 なんか虚しいな。



 帰り道は前回同様わかれた。小見を乗せて走りゆく自転車はテンポよく走り出し振り返ることもなく橋の向こうに小さくなっていった。俺も買おうか、自転車。いや、買う分の金がない。無理だと悟る。


 俺は自分の帰路に就き、昨日のように妹の姿は無いかと見物する。今日は昨日より早く店を出て太陽は真上に差し掛かっていた。


 小鳥のさえずりに耳をそばだて、同時に俺とは異なる軽い足取りが聞こえるのに気づく。俺の後ろを歩くその音はだんだん近づいてくる様子。


 振り返る。誰もいない。


 後ろには俺が今来た一本道に電柱とその後ろに揺れる小見と同じ制服のスカート。


 俺は気づいていないということにし、十歩歩みを進める。


 そして止まる。振り返る。先ほどと同じ電柱に隠れに行く影。


 また歩く。今度は電柱に一番遠のくようにと願って。


 そして止まる。だるまさんが転んだ敵に振り返る。ばっ。逃げる影。あっ、ずざざっ。転んだ。


「大丈夫か。」


 コンクリート舗装で転ぶとさぞかし痛いだろう。俺は手を差し伸べる。


「うぅ、だ、だいじょ、うぶ。」


 涙目で振り替える顔に見覚えあり。松村さんだった。何故ストーカー。


 とりあえず立たせる。目立った外傷は全くなし。どんな受け身を取った?


 可愛らしい容姿は涙目でもなお可愛い。だが、お化粧しているのか崩れそうで怖い。こういう場合、すっぴんの方が可愛いというのもあるけど、女子は晒したくないのだろう。


 ポケットから未使用のハンカチを取り出して渡す俺。


 それを受け取り、涙をぬぐう松村さん。


「で、どうしてつけて来た?」


 まさかこんなセリフを使うときが来るとは。


「な、なんとなく……。」


「明らかに嘘だな。」


「な、な。」


 おどけているところから見るともう痛くもかゆくもないのだろう。それは良かった。俺は理由を深追いするつもりはないのでそこから立ち去ろうとする。


「ちょっと待ちたまえ。」


「ん?」


 芝居がかった呼び止め方をする、松村さん。演劇部志望かな。でも、わざとくささが残る。


「君、小見ちゃんと、仲いい感じ?」


「まあまあだ。」


「でも、ラーメン屋に二人で入っていくとこ見たよ。」


「あれは奢ってもらえると言われたからだな。」


「おごってもらえるって言われてホイホイついていっちゃうんだ、きみー。」


 なんだコイツ。容姿と違って。


 ……めんどくせえ。

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