第2話 帰り道の電波ちゃん
新学期初日は早く学校が終わるらしい。俺は歩きで学校に来ているため、駐輪場には寄る必要がないはず、なのだが。
「まだか。」
「地球の自転車という乗り物は鍵が外しにくいのよ。」
明らかに三年は使っているだろうな、と予測できる自転車の鍵を何度もひねる小見さんを横目に俺は春の陽気にあくびを一つ漏らした。
自転車の鍵って外しにくいんだな。新しい知識が一つ増えたのはいいが何故俺も待たされなければならないのか。理由は、というと。十分前に遡る。
ホームルームが終わり席を立つ俺。
その前に立ちはだかる自称宇宙人。
「おいしいたい焼きのお店があるの。」
「了解。」
これが俺の待つ理由だ。
つまらない理由だが、俺にとっては放課後の寄り道とかは少し憧れがあるし、見てくれはいいし、このあとやることもない。
新学期初日は宿題がない。これも新たな知識として脳に残すがもう使うことは無いだろう。二年三年は春休みの課題が出るはずだ。
鍵を外し終えた小見さんは俺の横で自転車を押していた。ここで一人乗って俺は走れともなると頭より、正気を疑いたくなるのでそこは大丈夫なことに安堵。
道中会話は無いだろうと俺は予測していた。そしてその予測は長くは続かない。やはり探偵は向いてないな。
「江川」
「いきなり呼び捨てっすか。」
「なら透?」
「誤解を招きかねないことはエヌジー。」
「透殿。」
「少し偉そうになったのな俺。」
「とおりん。」
「小見さんの中の俺はゆるキャラっすか、そっすか。」
「もう江川でいい。」
「なぜ妥協? ま、いいか。」
宇宙人の思考は読めない、ということにしておこう。まあ、江川が普通だよ。うん。
俺たちは学校から南に進み、橋を渡った。右は川の上流で左が下流。上流の方は奥に山が見え春風が吹き今日はいい天気だなという感想。
橋を渡って少しすると様々な店の入った建物についた。道路の反対側、先ほどの山に近い方にはMマークのファストフード店があったがそこはスルーとなった。
ついた店はラーメン屋だった。ここにどんなたい焼きがあるのかは不明だったが、小見さんが入っていくのでご一緒した。好みの分かれるとろとろのとんこつラーメンの店だった。俺はこの手のラーメンは割と好きな方なのでは入れたが、中学からの友人はきついだろうなと思う。今は置いといて。
カウンター席に付き、俺たちの間に沈黙が訪れる。周りには工事現場のおじさんや会社員のお兄さんなどが点々と存在し、俺たちのような高校生はいなかった。ラーメン屋に高校生はあまり入らないのだろうか。女子高生は入らないだろうな。
注文は小見さんのおすすめということにしておいた。出てきたときにどんな反応をしてやろうか。
「お待たせしました。」
厨房からそのままカウンター席の俺たちに向かってラーメン皿が出される。どんぶりというのか。赤い皿に見えたそれは中の側面は白で竜がいた。もちろん絵。中身は豚骨ラーメンでなぜか表面を一面メンマで覆われていた。
隣の小見さんのドンブリには普通のごく平凡なラーメンが入っていた。
「小見さん?」
「メンマましましにしておいた。」
「なぜ?」
「好きそうだったのよ。」
「ほうほう、どう見た?」
「江川の体を私の眼で見たのよ。今ものすごくメンマがほしいとあなたの五臓六腑が訴えていたわ。」
「どういう状況でどういう眼だよそれ。」
「いただきます。」
「無視ですか。」
不覚にもラーメンはおいしくメンマもこの量が俺にはちょうど良かった。いや、このメンマがうますぎるだけね。
ラーメンを完食した俺は満を持していた質問を吹っ掛けることにする。
「たい焼きはどうなったんですか。」
「この周辺にはないのよ。たい焼き屋。」
「おう、いきなりのカミングアウト。」
「今度作ってあげるわ。」
「たい焼きって作れるものだっけ。」
「それ用のフライパンを買えば作れるはずよ。私は異界人よ。」
「そうでした。」
「ごちそうさま。」
「ごちそうさまです。」
「ねえ、江川。」
何気ない会話をしていた俺は突然名前を呼ばれて目を合わせても紅潮しなくなっている自分がいることに気が付いた。まあ、ラーメン一緒に食えばそうなるか。ラーメンを食べていた小見さんも絵になっていた。
そして俺はまたこの宇宙人に振り回されることになる。
「……お金持ってないわ。」
「うん、なんていった。」
「お金持ってないわ。」
「マジですか。」
「マジよ。」
「メンマましましにしておいて。」
「ないものは無いわ。」
「うそだろ。」
今日の成果に、宇宙人にぼったくられたということも追加するとしよう。
メンマのトッピング代が百五十円もしたため、ラーメン一杯六百円が二杯と計千三百五十円プラス税となった。
この時俺はさんづけをやめようと決意した。財布の金は厚みが少し無くなった気がした。俺の貯金もそこを尽きないようにバイトでも始めたくなった。
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