中学生の頃だった。所謂親の都合で転校を繰り返してきた私は完全に心を閉ざしていた。

 いつ離れ離れになってしまうかもわからない。自分が傷つくのが辛かったから、極力誰とも関わらないように、誰の目にも入らないように過ごしていた。

 けれど委員⻑は、そんな私に初めて話しかけてくれた。とても眩しい笑顔で。

 その微笑んだ顔が私には怖かった。悪意も裏も全くないのはわかるけれど、怖いと思っていた。

きっとその笑顔が消えてしまうのが怖かったからだろう。心が近づくのが怖かったからだろう。その当時はそんなことわかりもしなかったけれど。


 彼女は私の世話役として先生に任命されたのか、いつもそばにいた。移動教室や休み時間に本を返しに行くのも、トイレに一緒に行くこともあったっけ。

私は正直放っておいて欲しかった。人との繋がりに過敏になっていて、繋がりが切れてしまうことがとても怖かったから。この頃は特にそう感じていた。

だからわざと彼女に冷たく当たったこともあった。これ以上近づかないように、傷つかないように、傷つけないように。

 けれど彼女は、離れないどころか優しく接してくれて。それが何故だか分からなかった。普通、冷たくされたり避けられるとその人から離れようとするだろうに。

私にはそれがわからなくて、わからないから知りたかった。


「どうして、私に世話をやくの?」

 委員⻑に冷たく当たっているのに、と言った二人っきりの放課後。

夕陽に照らされた教室は少し冷えていた。

「どうしてって……」

 彼女は少し困った顔をして、それから少し微笑んだようなあの顔でこう言う。

「豊崎さんと仲良くなれそうな気がしたから」

 仲良くなれそうな気がしたからといって、冷たくされていても傍に居てくれるものなのだろうか。わからない。分からないけれど、彼女の瞳は真っ直ぐと私を見つめていた。

 私は自分自身の幼稚な行動をとても恥じた。そして自分自身を責めた。顔が赤いことを隠すように俯いて、涙を零さないように拳を握る。

彼女はそんな私を見て、そっと背をさする。

「泣いてもいいんだよ、」

「……ぇ」

 我慢しなくていい、と言った。私は自分の中で張り詰めていた何かがプツンと切れて、涙を流した。そっと頬を撫でる彼女の手は暖かくて、余計に私の涙腺を刺激する。

「本当に、ごめん……なさい。ありがとう……」

彼女はいつも真っ直ぐと私と向き合おうとしてくれていた。なのに私はそれに気がつけなかった。気づこうとしなかったし向き合っていなかったからだ。

私は人の優しさが怖かった。だから、人に優しさを返せなかった。

 でも、彼女は「友達になろう」って、そう言ってくれた。


 真っ直ぐな彼女の言葉を信じてみようと思った。

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