アラームの音で夢から覚める。

 二階にある自室の窓からは眩しい日差しが差し込んで、現実へ戻ってきたことを強く意識させる。私はそれでも未だ覚めきっていない目を擦り、寝転んだままベッドの上にあるはずのスマホを手探りで探す。

「……あれ、」

 あるはずのスマホが見つからなくて、ベッドのシーツをさすっていた手には何かわからないものが触れた。

 体をそっと起こしいつまでも瞑っていた目を恐る恐る開けると、そこには見覚えのない花が落ちていた。自室に花を飾ったことなど無いというのに。


 そういえば、夢を見ていたような気がする。内容はもう覚えてなんかいないけれど、とても心地いい物語を読んだ後のようなそんな読後感みたいなものが胸のうちに残っていた。


 ふと我に返り、部屋にけたたましく鳴り響くアラームの主を探す。

 ベッドから降りようと足を下ろすと、ひんやりとした板のようなものが足の裏に触れてスマホが落ちていた事に気がついた。画面が割れていることを危惧しつつ慌ててそれを拾いアラームを止める。

 その時ちょうどメッセージが届いたことを知らせる音が鳴った。画面が割れていなかったことに安堵しながらそのメッセージを確認すると、その主はクラスの委員長からだった。

 とても優しい彼女のことだから、昨日早退した私にわざわざ連絡してきてくれたんだ。そう思うと、自然に顔が緩む。


『おはよう』

『体調はどう?』


『おはよう』


 大丈夫だよ。そう送ろうとしたところで胸が苦しくなってその場にうずくまる。何かが喉の奥までせり上がってきて強烈な吐き気を催した。

 これは流石にやばいと思って、スマホをベッドの上に投げ捨ててトイレへと走る。

 階段を慌ただしく駆け下りる私に母がリビングから何か話しかけているような声がしたが、耳を傾ける余裕なんてあるはずもなく一目散に駆け込んだ。

「うぇ……っ」

 そして、吐き出す。

 吐き出せるものなんてないだろうけど、吐き出した。

 朝ごはんもまだ食べていない私は、寝てる間に何を食べていたのか……さっきベッドで見つけたものとおそらく同じ花がそこにはあった。

 吐き出すことで苦しさは落ち着き、全然回っていなかった頭も思い出したかのように回り始める。

 そういえば昨日もそうだ。学校で突然吐き気に襲われて……あの時は、お弁当を食べ過ぎたからかと思ったけれどコレは……

「もしかして、」

 花吐病、かもしれない。

私はそう思った。

 恋煩いを拗らせたら花を吐くとかうっすらと噂だけ聞いたことのあるような、都市伝説のような話。本当にあるのかはわからない病気とされているそれに、私がかかったというのだろうか。

 けれど、寝ぼけながら部屋にあるはずのない花を食べるなんてありえない。それ以外の可能性を考えるとそれしかないのだ。

 信じられないけど信じるしかない。原因も何もわからないけど、とりあえず学校へ行く準備をしようと立ち上がった。



 学校に着いたのは予鈴の鳴る五分前だった。

 息を整えつつ席へ着く。

「おはよう」

 隣の席に座っている委員⻑、白澤由梨が私に声をかける。

「……お、おはよう……っ」

 息を切らしながらなんとか答え、喉を潤す。生き返るような心地がして、ぷはぁなんて声が出た。

「昨日、あの後大丈夫だった?」

私が回復したのを感じ取った彼女は、とても心配そうな声で言った。

私の顔を覗き込むその仕草で腰まである彼女の髪が靡く。レースのように綺麗な髪がそれによって際立っていて思わず見とれてしまった。

「あ、大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて」

受験勉強のストレスかな〜なんて言って笑ったけれど、ワンテンポ遅れて答えた私は声が上ずってなかっただろうかなんて呑気に考えていた。

 先生が教室に入ってきて、私たちは前に向き直る。やっぱり綺麗な彼女の髪はシャンプーの香りがして、ああ好きだなぁなんて思った。私の胸あたりがどくんと打って今朝のことを思い出す。


 花吐病は恋の病気。

 そうなのかな。自分自身が花吐病かどうか定かではないし、彼女が好きだというこの思いは本当に恋なのかどうかすらもわかっていない。私は恋を知らないから。でも、もし恋ならば……。

そう考えたところで何かがせり上がってくる心地がして、吐いてしまわないようにぐっと飲み込んだ。先生の話なんて耳に入っていなかった。


 感じていたのは、彼女の香りだけだった。

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