第9話 どうぞ、お召し上がりください
場所は、リビング。眼前には色とりどりの料理が並んでいた。唐揚げにパスタ、ハンバーグ、天ぷら、青椒肉絲……等々。ちなみに、ちゃぶ台を囲んでいるのは、俺とナハツェーラとリネットの3人だ。
「リネット……こりゃいくらなんでも多すぎじゃないか?」
「育ち盛りでしょうに、みっともないですね」
限度があるでしょうよ……と思いつつ、俺のTシャツを無断で我が物顔で着ていやがる、緑髪を畳までぺたーっと伸ばしている幼児こと――ナハツェーラにも目配せする。
「なんひゃ、おふぉこのくへにこのくらいのひょうぴーぴーいうでないぞ」
リス見たいにほっぺを膨らませながら喋る、ナハツェーラは既に大皿に山のように積みあがっていた唐揚げの8割方を食べきっていた。化け物かよ――と思ったが、そもそもこいつは吸血鬼だった。記憶の無い今朝なら信じることはできなかったが、諸々の記憶を思い出した今なら、特に疑心は無い。自分で吸血鬼を名乗るようなけったいな性格をしてる奴は、そもそもの人生が人並外れていることだろう。
「いただきます」
ナハツェーラのペースを見るに、えげつない量のこの料理群が残ることは無さそうだ、と安心して箸を持ち、手首を回す。よし、問題なく動く――津麦に折られた手首だったが、やはり、吸血鬼の回復スピードは異常だ。複雑な心境ではあるが、こういうときは素直に助かる。
「どうぞ、お召し上がりください」
目を伏せ、自身意外が手を付けるまで、膝上に両手を固定させたままのリネット。律義なその態度は、彼女の着るメイド服がただのコスプレではなく、正装であることを示していた。ちなみに、彼女も俺も、津麦の返り血で赤黒く染まっていた衣服から着替え、リネットは標準装備のメイド服――俺も部屋着のスウェットに着替えていた。というか、青椒肉絲めちゃめちゃ美味いな……。
「んっく。全く、そこまで行儀よくせんで良いと言っておるのに」
「そういうわけにはいきません。これは、主様に仕えるメイドとしての基本。そもそも、主様と同じ食卓に着くこと自体が銀狼としての常識から逸脱しております」
「だって、一人で飯を食っても美味しくなかろう。妾はそういうの嫌なのぢゃ」
あーん、とちびっこは大きく口を開けて、ハンバーグを頬張る。といっても、幼児体型故に口もとっても小さいため、それくらいしないと入らないだけなのだが……うん、かわいい。
「なんひゃ、ひょういえば、ひひたいことがあひゅのだりょう、んく。だろう」
翻訳:なんぢゃ、そういえば聞きたいことがあるのだろう。
「……ここはどこなんだ」
「優斗の家であろう」「やれやれ、これだから脳がち〇ぽにある人は……」——そっこまで言わなくてよくね?? まあでも、聞きたいことが山積みなせいで、一周まわって、質問が抽象的になってしまったのは認める……認めるけどさあ……。
「こほん。確かに、ここは俺の家だ。だけど、家の周りの様子があるで違ってた。まるで、俺の家だけが別の場所に移動したみたいに」
「なんぢゃリネット。優斗のやつ記憶を取り戻したのではなかったのか?」
「……おそらく、前提としてそもそもの情報が少なかったのではないのかと。勿論、フリーズレクイエムのフの字すらも……」
「ふむう。なるほどなるほど」
ちんまい顎に、おててを添えて考えるナハツェーラの仕草は、小学生が2桁の計算に頭を悩ましているかのようで、かわいい。恐ろしいメイドを従えているので、口には出さないけれども……。
「俺が知っていることは、吸血鬼の種族くらいだ。といっても、殆どがデータとして閲覧しただけで、それについても信憑性が定かじゃない……いや、津麦なんかは眼にしているし、全部が全部、信じ切れないってわけじゃなけどさ」
「優斗様の素性を考えれば、吸血鬼になったのは1ヶ月前。それが当然の反応なのでしょう。ですが――」
「よい、リネット」
ナハツェーラが、リネットを手で制す。
「のう、優斗。今から話すことは、お主にとって信じられないことばかりぢゃろう。それは当然ぢゃ。人間の常識外の話だし仕方がない。ただ、どれもこれも信じられないと初めから決めつけるのはよしてほしい。でないと、この先また優斗自身に身の危険が降りかかりかねん」
ナハツェーラは、紅の瞳で俺を見つめる。幼児らしからぬ真剣な表情に、俺は茶化す気にはなれなくなる。
「わかった」
うむ、良い返事だ。とばかりにナハツェーラは頷き、口を開く。
「まず、優斗の体感的に言えば、この世界は1万年後となっておる」
開口一番、俺は頭を抱えることとなった。
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