第8話 リョナ系は守備範囲外なんで、ほんと勘弁してください

「味方……」


 幼い頃に、俺は両親と姉を亡くした。ずっと一人ぼっちで、津麦を殺すことばかり考えてきた。そんな俺に味方……今更だ。


「いいですか。優斗様は未だ幼い。人では無い存在になった以上、これから先の時間はとてつもなく長大です。ですので——」


「人のことを甘くみるなっ!」


 リネットの耳がぴくりと揺れた。


「……甘くは見ておりません。私は、貴方様を尊重します」


 きっぱりと言い放つリネットの眼は異常に真剣で、視線が釘付けにされる。ここまで言われると、軽く蹴飛ばせやしない。


「はあ、わかったよ。命の恩人だ。ちょっとくらいなら、話も聞く」


 リネットは、ふぅと小さく息を吐く。ちょっぴりの揺れが、爆乳ではかなり目立つ。


「まったく。本当におっぱいがお好きなんですね。さっきの女の胸でも良ければ、切り落として差し上げますよ」


「……リョナ系は守備範囲外なんで、ほんと勘弁してください」


 「おや、優斗様もまだまだですね」とリネットは嘆息しつつ、屋上の出口へと歩き出す。


「さ、帰りますよ。家に」


「えーと、もしかしなくてもそれって俺の家のことじゃないですよね?」


「もしかしなくても、貴方様の家です。いえ、正確には私達の家でしょうか」


 私達の家——そう言われると、なんだか新婚みたいでどきどきするし、性格はアレだが、曲がり何りも美少女なリネットに言われたとなると、それは尚更だ。


「勘違いしないでほしいんですが、私達と言うのは、私とナハツェーラ様を含めた言い方です。貴方様は、せいぜいペット。バター犬にすらなれない、しがないただの童貞犬です」


 どうして俺、不法侵入者相手にここまで言われないといけないんだろう……。そう思いながらも、聞きたいことが山ほどある現状。ここは大人の対応で切り抜けようじゃないか。


「おっと、これはいけませんね」


 リネットは自身のメイド服を見下ろす。所々、津麦の返り血で赤く染みていた。俺も自身の姿を確認すると、似たような感じだ。


「夜道で姿が見えにくいとはいえ、この時間帯に補導されると面倒です。転移してしまいましょう」


 言って、リネットはポケットから緑色の光る石を取り出した。


「なんだそれ」


「ん、魔石も知らないんですか。優斗様、吸血鬼になられてどれくらいですか?」


「ざっと1ヶ月くらいだと思う」


「なるほど。……そう言えば、吸血鬼にしてくださった好舟様よしふねも直ぐに命を落とされていました。教育者無しとなれば、当然ですか」


「お前、あのじいさんのこと知ってるのか?」


 津麦に家族を殺され、最後の一人となった俺は致命的な傷を負った。その時に、しわがれた男の声がしたのは覚えている。「すまんな、坊主。儂は今から、坊主を助けるために吸血鬼にする。坊主に生きて欲しい、そう思う者がおる。強く、生きろ」と。目が覚めた俺には、血だらけではあったものの、傷は全て塞がり、命の危機からも脱していた。


「直接話したことがあったかどうかは、随分と昔のことなので覚えてはおりません。ただ、何度かお見かけしたことはあります。昔は人外の数も非常に少なかったので、世間狭しというやつです。ところで私、優斗様のお腹の魔法陣を通して、津麦という女とのやり取りを盗み見ていたのですが、優斗様は、吸血鬼のことについて何も知らない様子ではありませんでした。教育者無しで、どこでその知識を?」


 「どこから話すべきか……」と俺は首を掻く。


「吸血鬼になって、初めて俺が目を覚ました時、俺は自分家のベッドの上だった。それこそ、今日みたいに」


 今でも思い出すと、泣きそうになる。俺は、少しだけ上を向く。リネットは黙って聞いてくれていた。


「まるで、殺人なんて起きてませんよとばかりに、俺の家族の死体は無くなってて、おまけに部屋中に飛び散っていた血痕も一つ残らず無くなっていた。そんでさ、最初は夢かもな、って思ったんだよ。んで、リビングまで降りたら、いつも飯が並ぶ机に封筒が置いてあったんだ。んで、中を開けたら、USBが入ってた」


「中身はなんだったんですか?」


「吸血鬼になった者が心掛けることだったり、吸血鬼には種族があって、それぞれに特徴があるってことなんかが書いてあったな。そこでやっと、夢じゃなかったんだな、って気づかされたよ」


「そうでしたか……」


「まあ、だからさ。津麦が近接戦闘に特化しているカリガンザロスだったのは何度かやりあってきたから理解してたし、それなのに狭い屋上で戦うだなんて本当に馬鹿だったなあ、って思うよ。だから、助けてくれてありがとう」


「全く、どこまで気を遣ってるんですか。禿げますよ?」


「禿げんわ!」


 リネットが無表情のまま口だけで「ふふっ」と笑った。不気味ではあったが、なんだかおもしろくなって俺も釣られて笑ってしまう。


「こほん。少し話が逸れてしまいましたね。優斗様、過去話ご苦労様でした。これは、魔石といって、クドラクだけが使用できるスペル—―魔法のようなものの能力を封じ込め、クドラクでなくても使用できるようにしたものです。先の流れからして、クドラクはご存知ですよね?」


「ああ。人外なら誰しも体の中に流れている魔力を、世の理を捻じ曲げる力として具現化させる。リネットの言う、スペルを行使することができる吸血鬼のことだろ」


「満点です。魔石には、スペルと同様に色ごとに能力が異なります。赤なら、攻撃系。青なら、回復系。黄色は記憶や感情のコントロール、緑は転移系等々。つまるところ、この緑の魔石は転移系のスペルが封印された魔石となります」


 リネットは、魔石を床に叩きつけ、砕く。すると、魔法陣が現れた。


「これには、私達の自宅――もとい、優斗様の自宅の座標が登録されています。つまり、誰に見られることなく、帰れるというわけです」


 リネットが、魔法陣の光の中に入る。俺もそれに倣って、光の中に入る。すると、全身を眩い光が包みこむ。俺は、思わず目を瞑った。


「うおっ」


 遅れて、浮遊感に襲われた。


「さ、着きましたよ」


 目を開けると、見慣れた家のリビングに立っていた。

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