第7話 基本スペックは吸血鬼以下。但し、満月を除く。

「リネット……?」


「ええ。そういえば、名前を教えていませんでしたね。私は、ナハツェーラ様のメスブタ。メスブタのリネットとお覚えください。さて、ずいぶんと激しいプレイをしていたようですが」


 いつの間にか陽は殆ど落ちていた。銀髪メイドと、純白の着物に身を包んだ津麦の姿を、月の光がきらきらと照らす。


「こんなプレイがあるか! というか、わけのわからないところからでてきやがって」


「なんですか。股間から出られるよりかは、マシでしょう。それとも、顔がお好みでしたか? そうなると、もう顔騎ですよ、顔騎。とんだ変態ですね、優斗様」


「勝手に妄想を膨らませるんじゃねぇっ! って、つぅ……」


「やれやれ、手首が折れているんですから、優斗様はおとなしくしていてください。このくされビッチは私がどうにかしますので」


 リネットが不意にメイド服のミニスカを捲る。そうして、ガーターベルトに挟み込んでいたホルダーから短刀を取り出した。少々どきっとしたが、残念ながらパンツは見えず。


「だぁれが、ビッチですって? 冗談はその胸だけにしてくださりませんこと? 突然現れておいて、ワタクシと優斗さんの逢瀬の邪魔を……許しませんわ」


「私はこの胸に誇りをもっています。よく、主様が枕として褒めてくださいますので」


「主様ですって?」


 津麦は、はだけた着物を整えながら、俺を目で指す。が、それをリネットは鼻で笑う。


「まさか。こんな品の無い男のを主にするわけがないでしょう。これは、主様の命により、仕方なくというやつです。ああ、ご推察の通り、私にはツンデレ要素はありません。どちらかというと、クーデレです」


「はぁ。もういいですわ、そこの下品なメイド。さっさとワタクシの優斗さんから離れてくださいなっ」


 津麦が、風を切るほどの速度でリネットに突進した。そうして、瞬きの間に、津麦の拳がリネットの腹部へと放たれる。


「臓物きゃっち、と」


 してやったりと、津麦は笑う。しかし。


「何が臓物ですか。未だ貴方様の拳は、人皮1枚も抜けていませんよ」


 リネットは左手一つで、防いでいた。吸血鬼の中でもトップクラスの速度で放たれる、攻撃を。


「ワタクシを見切ったと言いますのっ」


 リネットの左手を振り払い、直ぐにバックステップにかかる津麦。


「いけません」


 しかし、リネットはすかさず津麦の右腕を掴みなおす。そうして、細くしなやかな右腕を自身に巻いた。


「逃がしません」


 しっかりと、予備動作を決めてからの容赦無い一閃が、津麦の顔面を一文字に切り裂いた。


「きゃあっ!」


「やればできるじゃないですか。今の叫び声は可愛らしいですよ」


「いっ、いたいいたいいたいいたいっ! よくも、ワタクシの目を……っ!」


「何を被害者面してるんですか。貴方様がしっかりと避けていれば、左目すら切られずに済んだんですよ。呪うなら、自身の能力の低さを呪ってください」


「ワタクシはカリガンザロスですのよっ! どうしてただのメイド風情が……!」


 確かに、その通りだ。カリガンザロスは、吸血鬼の中でもトップクラスの身体能力を持つ。吸血鬼間での近接戦闘をすれば、右に出るものはいない。


「申し訳ありません。今日は満月ですので、それはもう私がピカイチ輝く日だったりします」


 ぴょこり、とリネットの頭部からケモ耳が生えてくる。


「お前っ、銀狼ぎんろうかっ」


「はい、その通りでございます。基本スペックは吸血鬼以下。但し、満月を除く。な、銀狼でございます」


 苦悶の顔で、津麦は唇を噛む。


「さて、もう主様がお腹を空かすころですので、終わりに致しましょう」


 さくり。まるで、玄関の鍵でも回すかのように、リネットは津麦の右目をくり抜いた。


「きゃああああああああっ!」


 惨い。あまりにも、惨かった。両目から血を流し、純白の着物を真っ赤に染めて痛みに喚く、津麦の姿。俺は、そんな姿から目を逸らす。


「優斗様。目を逸らさないでください。家族の仇を討つ、この方を殺すんですよね?」


「どうしてその事を……」


「勝手ながら、優斗様の事情は概ね把握しております。この方を殺したい理由も」


「……確かに俺はそいつが憎い。だからって、そこまで―—」


 リネットは舌打ちをして、掴んでいた津麦の腕を放る。そうして、俺の胸倉を掴み上げにくる。


「いいですか、優斗様。あの方はまだ、死んでいないんですよ」


 Tシャツ越しに、喉元が締まる。


「ぐっ」


「人を殺す。その意味をもう少し考えなさい」


 リネットは、俺を乱雑に放り投げた。両手首が折れたままの俺は、受け身も取れずに全身を打ち付ける。


「そこのカリガンザロス様。未だ時期尚早のようですので、お引き取りください。いかに、銀の短刀で切りつけたとはいえ、浅かった左眼くらいは回復しているでしょう。曲がりなりにも、真祖なのですし」


「……次に会ったら、絶対に殺しますわ。このクソメイド」


 津麦は音も立てずに跳躍し、そのまま屋上から飛び降りて、姿を消した。


「さて。大丈夫ですか、優斗様。さっさと立ってください」


 人を放り投げておいて、なんなんだとは思う。俺は、どうにか足だけで踏んばって立ち上がる。


「……リネット。助けてもらったことには礼を言う。ただ、もう金輪際、俺と津麦の件には首を突っ込むな。これは俺の問題だ」


 リネットは、無表情ながら若干の思案顔を感じさせてくる。そうして。


「私は、ナハツェーラ様のメイドです。そして、主様の命は何がなんでも遂行するのが、私のような銀狼の務め」


 謎の貫禄のあった不法侵入者No.2のちびっこの姿が脳内に浮かんだ。

 ひょこり、とリネットの耳が動く。


「私は、ナハツェーラ様より、優斗様の面倒を見るように申し付けられております」


「面倒を見るって、どうして……」


「それは、ナハツェーラ様が優斗様の味方だからです」


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