第6話 今まさにおぎゃり

「ひはっ! ひひひひひいはははっっ!」


 津麦は、きんきんとした声で笑いながら俺へとにじり寄る。


「どうです? どうですかぁ? 家族を殺された悲しみ、喪失感を再び実感する気持ちは? どれほどまでに苦しいのでしょうか? ねぇ、応えてください優斗サ・ン?」


 眼前、鼻と鼻が触れ合うくらいの距離で津麦が小首を傾げる。


「津麦、お前はだけは絶対に許さない。親父と母さん、そして姉ちゃんまでも手を掛けたお前をだけは……っ!」


 全身に流れる、血が騒ぐ。これは、ただの人間の血ではない。不老にして不死。圧倒的な生命力を持つ、吸血鬼の血。その使い方は、身体で覚えていた。


「串刺せ、ヴラド」


 言って、右手を床へとつける。瞬間、一直線に真っ赤に凝結した血柱が、津麦へと伸びる。


「あーら、まぁ」


 津麦は、とん、と軽く跳躍しつつ身体を柔軟に曲げて躱す。まるでアーチを描くように。そのまま、くるりと一回転すると下駄で血柱の上に立った。


「やはり、素晴らしい力ですわぁ。ワタクシ、危うく濡れてしまうところでした。お恥ずかしながら」


「相変わらず、でたらめな身体能力だな」


「ふふっ、個人的には脳筋みたいで嫌なのですけど。これでも、乙女なので」


 恥じらう津麦の能力は、身体強化だ。吸血鬼は、人間に比べ、ただでさえ身体能力がたかい。しかし津麦は、その吸血鬼すらも凌駕する。


「あげてくださいまし、カリガンザロス」


 津麦の身体を、ぼんやりとした光が包む。更に身体能力が向上したのだろう。こうなってくると、威力重視で速度の遅い、今みたいな攻撃は当たらない。


「くそっ」


 俺は後ろへと後退しつつ、右の手先から凝個した血の弾丸を放つ。


「ふふっ、可愛らしいですわ」


 津麦は涼しげな顔をしながら、躱す。火力は乏しい代わりに、相当に弾速の早い、それを。しかし、俺にとってそれは読み通りだ。少しずつ、弾道をずらしつつ、津麦を避けにくい角へと追い込んでいく。


「——あら、これは少し不味いですわね」


「もう遅い!」


 俺は、右手で血の弾丸を放ちながら、左手を床に添え、血柱を奔らせる。確実に当たる、俺はそう確信した。しかし、津麦は右前に向かって大きく跳躍した。当然、俺の血の弾丸は命中し、津麦の左半身を大きく焼いた。


「はぁっんっ」

 

 津麦の純白の着物が真っ赤に染まる。同じように、津麦の顔もほんのり赤く。まるで、痛みを感じない――むしろ、快感を覚えているかのような恍惚とした表情で。


「なにっ!」


 津麦は、自身の傷などおかまいなしに、そのまま勢いを緩めずに俺へと突進。俺は、地面へと押し倒される。


「かはっ」


 体内の空気が倒れた衝撃で無理やりに外へと出される。


「ひははははっ! 優斗サン優斗サンっ! 堪らなく、堪らなっく、良い攻撃でしたっ! ワタクシもう昇天してしまいそうですっ!」


 俺の両腕をがっちりと抑えつけながら、興奮する津麦は、大きく身体を揺らしているため、着物がはだけ、豊満な胸元が局部を除いて、大きく露出している。


「お前っ、痛くないのかよっ」


「とーっても、痛いですわよ。でもでも、ワタクシに取って優斗さんから与えられる痛みはご褒美以外の何物でもありませんっ!」


「このドMがっ!」


 俺はなんとか手首を捻り、津麦の顔面目掛けて血の弾丸を放つ。しかし、津麦はすんでの所で首を逸らす。掠ったのか、津麦の顔に細い血筋が流れる。


「ピリピリして、これはこれでありですわね。ですが、オイタはいけませんわよ」


「ぐああっ!」


 俺の手首を掴む、津麦の両腕がぐっと締まり、鈍い音が鳴る。俺の両手首が折られたのだ。


「ふふっ、苦痛に歪む優斗サンの表情も素敵ですわぁ。ささっ、もう日も暮れます。このままワタクシと初夜でも如何でしょうか」


「冗談じゃねぇ!」


 近接戦闘において、異常なポテンシャルを持つ、津麦。彼女相手に、この狭い屋上を舞台に戦うこと自体が失敗だった。記憶からの立ち直り直後だったからか、どうにも頭に血が昇るのが早かった。最大の失敗だ。


「さあ、優斗さん」


 津麦が、俺の着ているTシャツを捲り上げる。振り解こうにも、手首は折られ、使い物にならない。せめてもの抵抗と足をばたつかせもがくが、びくともしない。万事休す、そう思った時だった。


「なんですの、これは」


 津麦が俺の腹部を見て目を丸くしていた。気になって首を起こすと、そこには見覚えのない魔法陣が描かれていた。そしてそれは、だんだんと光を放ち始める。


「少し、温かい……」


 魔法陣が起動し始めたことを察知した、津麦は後方へと大きく跳躍し、距離を取る。


「くっ」


 眩い光に、俺も津麦も、思わず目を瞑る。しばらくして、、網膜越しの光が消える。俺は、ゆっくりと目を開ける。


「優斗様のお腹より、今まさにおぎゃり。爆乳銀髪メイド、リネット見参です」


 今朝、俺の家に不法侵入していた銀髪メイドが、下卑た発言と共に、涼しげな顔でそこに立っていた。







 

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