第5話 きょとんとしてる顔も素敵ですわぁ。

 太陽は少しずつ沈み始めていて、景色が夕焼けに染まっていく。そんな中、まるでウエディングドレスのような着物を着た少女は俺に微笑む。漆黒色の長々としたツインテールを携えていて、蒼眼な瞳で粘つくような視線を飛ばしている。


「俺のことを、どうして知ってる」


 かつかつかつ、と下駄を鳴らしながら着物少女が歩みを寄せてくる。


「ええ、ええ。そうでした、そうでした。ワタクシ、すっかり失念しておりました。気の遠くなる程の時間が経ちましたもの。掛けではありましたが、どうやらスペルには気づかなかったみたいですわねぇ」


 スペル? なんの話だ。


「きょとんとしてる顔も素敵ですわぁ。えぇえぇ、教えて差し上げなくてわ」


 「優斗さんのここ」と、眼前の美少女は自身の頭を小突いて、続ける。


「記憶に鍵をかけたことについてですわぁ」


「記憶に鍵? そんな魔法じゃあるまいし……」


「魔法——確かに、魔女が現存していた頃は、そんな風に呼ばれていたような気もしますわぁ。今では、ヴァンプがノウハウを改良して、スペルなんかと呼ばれておりますが……って言っても理解できませんわよねぇ」


 照れているのか、馬鹿にしているのか読み取りきれない口調で、着物女は淡々と語りを続ける。


「でもでもっ、驚きましたわぁ! 見たところ、優斗さんは自力でスペルを剥がしつつあるとわ。これが真祖のもつポテンシャルなのでしょう」


「……もっと、わかるように説明してくれ。いったい何を言ってるんだよっ」


 にぃっと満足そうに、着物女は頬を吊り上げる。


「1万年の時を経て、今ここに現存できているという事実、それが全てを物語っておりますわぁ。ワタクシも優斗さんも晴れて血族。ヴァンプということですわ。えぇえぇっ、つまりはこういうことですわぁっ!」


 ぱちん、と着物女が指を鳴らす。すると同時、頭に電気が奔るように、頭痛を感じる。


「うぐっ!」


「あぁあぁ、痛がっている姿も素敵ですわぁっ。悉く、ワタクシにSとMの素質を与えてくれたこの世界に感謝をっ」


「っ、はぁっ。はぁっ」


 ——頭痛が止んだ。


「おやおやぁ、まるで親でも殺されたような顔になりましたわねぇ」


津麦つむぎ……」


 さっきまでの頭痛が消え、頭が冴え冴えとする。熱が冷めていくにつれ、記憶がだんだんと鮮明になっていく。

 ——冷泉津麦れいぜいつむぎ。これが、この着物女の名前だ。


「あぁあぁ、いぇいぇ。訂正致しますわぁ。ような、ではありませんでしたわねぇ」


 そして、俺の家族を皆殺しにした相手だ。


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