第4話 やあっと、会えましたわね……ワタクシの優斗さん

『霞島高校 この先の交差点を右折』

 

 その看板を見つけて、俺は足を止める。


「やっと、知ってる建物が……!」


 霞島高校は、俺が通ってる学校だ。といっても、校名を見てから、そう言えば……! という感じではあったが。

 なんにせよ、駄菓子屋で自覚することとなった、自身の曖昧な記憶――そんな不安を抱えていた俺が、交番に向かうよりも優先してしまうことはどうしようもないことだ。現状、直ぐに実害があるわけではないのだ。今は少しでも自分の置かれている状況を理解したい。


「記憶が無いっていうより、忘れているだけみたいだな。それに、全部が全部忘れてしまっているわけでもない」

 

 ちょっとだけ安心し、看板通りに歩みを進めると、霞島高校が見えてくる。


「これが霞島高校か」


 正門を前に、一人ごちる。どうにも、既視感のようなものを感じない。


「ま、うだうだ言ってもしょうがないか」


 正門をくぐり、校舎の中に入る。そういえば、私服(ぎりっぎり寝間着に見えない)だし、ファンシーなスリッパだ……と少しだけ気にはなったが、ええいままよ。抜き足差し足で探索を進める。生徒に会えば、何かしら思い出すこともあるかもしれない――そんな意気込みのもとに。


「一っ子一人いやしないな……」


 校舎内は閑散としている。手近な教室に入ってみる。木目調の机に、ホワイトボード。ホワイトボードには、日付と日直者の名前が書いてあった。


「4月30日、木曜日。ゴールデンウィーク直前……。いや違うな、真っ昼間に学生を一人も見かけないってことは、ゴールデンウィーク真っ最中ってことか」


 これじゃあ、生徒に会えそうもないな……。記憶を取り戻すヒントになると思ったのに。踵を返して、交番に向かうか迷う。が、せっかく来たのだ。部活動か何かしらで来ている生徒が居るかもしれない。

 一縷の望みにかけて、校舎を見て回る――しかし、誰一人と会うこともなく、足はどんどん上階へと進む。そうして、最後に残ったのは学生に大人気の定番スポット、屋上だ。


「頼む、誰かいてくれよ……」


 願いを込めて、重い扉を開ける。と、同時に風が吹き込み、俺は思わず目を瞑る。ほんのりと、甘いバラのような香りがした。


「っ」


 思わず、息を呑む。目を開けた先、そこには真っ白なベースに花柄の刺繍があしらわれた、着物を着た美少女の姿があった。


「あら、あなたは……」


 着物美少女と目が合う。彼女はねっとりとした声色で続ける。


「やあっと、会えましたわね……ワタクシの優斗さん」


 俺を知っているらしい彼女の発言に不思議と安堵感は無かった。ただただ、背筋が凍るように寒くなった。と同時、身体の芯だけは焼けるような熱さを感じていた。


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