第3話 ラムネかァ。

「警察署が駄菓子屋になってる……」


 目下、最重要案件である2人の不法侵入者を追い出すべく、一新された街並みの中を、交番があったはずであろう方角を目指し、歩みを進めた。


「駄菓子屋はすの」


 屋根看板にはそう書かれている。見通しの良い交差点の脇、古風な雰囲気の『いかにも』な駄菓子屋がそこにはあった。建屋に使われている木材からも、ずいぶんと年季が入っていることがわかる。


「なんだァ。オレの店に何か用か」


 入口に掛けられたすだれを手で避けて、くたびれたジャージを着た大人の女性が出てくる。所々が色落ちして、明るくなっている赤い髪を一本結び。頭にはバンダナを巻いていてる。不機嫌そうに俺を見る真っ黄色の眼は、狂暴な野生動物を連想させる。


「俺はただ、ここを通りかかっただけで……」


「おおかた、今のご時世に駄菓子屋なんてけったいなことやってるな、って笑ってやがったんだろ」


「そんなことは微塵も思ってないですけど……」


「まァ、坊主がどう思っていようが知ったこっちゃねぇ。ここは駄菓子屋。ちょっとぐらい寄っていけや」


「いえ、今急いでまし……てっ」


 反論虚しく、駄菓子屋さんに腕をがっちりとホールドされて中へと引きずり込まれる。ふにゅりとした感触が腕に伝わる。ジャージ姿でわかりにくかったが、相当なものをお持ちみたいだ。


「そう固いこと言うんじゃねぇよっと」


「うおっとっ」


 ぽいっと店内に放り投げられる。ホールドされている時も思ったが、細腕の割にすごい力だ。


「さあ、楽しんでみて行ってくれや」


「は、はあ……」


 とっとと適当な物を買って、交番を探そう。と、観念して俺は店内を物色する。昔懐かしいし品々が並んでいる。最後に駄菓子屋に入ったのは、小学校低学年くらいの頃だったか。ばあちゃん家の駄菓子屋に、姉ちゃんと一緒によく買いに行ってたのを覚えている。


「どうだ、良いだろ駄菓子は」


「そうですね。なんか懐かしい気持ちになります」


「そりゃ結構なことだ。オレも無理やり連れ込んだ甲斐があったってもんだ」


 そう言って、駄菓子屋さんはレジ奥のパイプ椅子に腰かける。ライターのカチッとした音が鳴り、紫煙が上がる。客への配慮か、小さな卓上扇風機で、こちらまで煙が来ないようにしている。一服姿を横目に、おなじみのビー玉の入ったラムネと、味の濃ゆいチップスを手に、レジへと向かう。


「ラムネかァ。今日はちと暑いもんなァ。夏も近ぇし」


「……少し汗も掻いていたみたいで。さっぱりしたいなと」


「おうおう、わかってんじゃねぇか。オレも2日酔いの時によく世話になってんだよ」


「結構呑むんですね」


「そりゃあ、オレくらいの歳になると、酒と煙草が極上の娯楽だからよ」


 『オレくらいの歳』と言うが、いっても20代前半くらいじゃなかろうか。社会人なりたて、みたいな。少々、オヤジくささは散見されるが。


「ほいじゃ、全部で130円な」


 うげっ、そう言えば急いで出てきたし金……と焦るも、ちょうどよくポケットに200円入っていたので、それで支払いを済ませ、詰めてもらったビニール袋を受け取る。


「ありがとうございます」


「おうよ、次また辛気くさい顔で店先に立ってたら引きずりこんでやるから、覚悟しとけや」


「っ、はいっ!」


 思わず綻んだ顔を隠すように、俺はお辞儀をしてから、駄菓子屋のすだれをくぐり、外に出る。

 確かに、ちょっぴり外は暑い。駄菓子屋さんの言う通り、夏が近いのだろう。しかし、俺は夏が近いことを知らなかった。いや、知らなかったことに気づいたのだ。今朝起きる前、すなわち——直近で眠った時の記憶が抜け落ちている。そんなことを今更ながらに自覚したのだ。

 ……ただ、まあ。


「よっと」


 ラムネ瓶の栓を開けると、シュワッとした音が鳴る。これだけでも涼しい気持ちになる。下手なクーラーよりも快適だ。

 面倒ごとは、瓶が空になってから考えても遅くはないだろう。じゃないと、駄菓子屋さんに申し訳ない。

 

 落ち着いたら、また行こう。俺は、そう心に留めた。


☆☆☆


「それにしても、ここら辺じゃ見ない顔だったな」


 店先で不景気な面をしていた、ラムネ等々を買っていったガキ。歳の割に思いつめた顔をしているから、心配になって無理やり店内にひきずりこんだが、今後はもうやめよう。初対面相手にやると、どう転ぶかわかったもんじゃない。と、反省しつつガキが支払いに使った小銭を手で弄ぶ。


「んっ? ちょっと待てよこれって……」


 小銭に書かれた年号。オレはつい、目を丸くした。


☆☆☆



 

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