4-5. ここは紅茶屋です
「あ」
「え?」
誰かが漏らした声に、自分の手元に集まった視線に、シホはようやく、自分が持っていたはずのタイヤキが消えていることに気付く。慌てたシホが、マリアが、ケイカが、リコリーとアリトラが周囲を見回せば、金髪金目で華奢な少年が平然とそこに立ち、タイヤキを口に運んでいた。いつの間に店に入ってきていたのか、誰にも分からなかった。
「へぇ。栗餡っぽいけど、なんか胡椒っぽい味もする。うまいじゃん」
「そりゃ良かった。気合は入れたからなぁ」
「お知り合いの方、ですか……?」
平然と応対するシュロにシホがためらいがちに尋ねれば、「んにゃ」とあっさり否定された。
「まー、店は開いてるし、誰でも入ってこれるだろ。鯛焼きだって人数分きっかりしか準備してないわけじゃないし」
手持ち無沙汰となってしまったシホの前にシュロは別のタイヤキを差し出した。ありがとうございます、と礼を述べて彼女はそれを手に取り、今度は誰かに取られる前にいそいそと齧りつく。
ぱりっと皮が破れ、中から甘くて滑らかなアンコが出てくる。控えめな甘さのそれは、金髪の彼が言う通り香辛料のような、ぴりっとした風味があった。
「カスタードクリームも、甘すぎず滑らか。レモンが入ってるのかな。後味が爽やかでいい」
「こっちのも、ヤツハ茶の渋みと中のミルククリームの甘みが絶妙にマッチしてる」
「おいしいね、リコリー」
「おいしいね、アリトラ」
突然の乱入者に呆気にとられたように見えた双子だったが、それはそれとして品評会を繰り広げている。ケイカが「皆で食べるの美味しいねー」と言うのを聞いて我に返ったマリアが三角の魚のヒレを齧り、花がほころんだような笑顔になった。
大した反応もなく和気藹々とした空気になってしまったのが面白くなかったのは乱入者の彼らしく、ちょっとむくれてみせる。彼はシュロにもう一つ勧められると、少し悩んでみせた。
「後いくつくらい焼くの?」
「材料がある限りだなぁ」
シュロは大きなボウルに入った生地を少年に掲げてみせた。シホにはそれが、半分くらい減っっているように見えた。
少年は視線を彷徨わせて首元にてをやる。どうやらペンダントヘッドを弄っているようで、やがておずおずと口を開いた。
「あのさ、金なら払うからさ、仲間たちにいくつか……」
「いくつだ」
シュロに坦々と問われると、彼は一瞬怯んだようだった。そして首元のペンダントを握りしめると「一個」と言う。
「断る」
ぶっきらぼうに返すシュロに、シホとマリアは驚いて顔を見合わせた。シュロは表情も変えずに立ち上がり、店のカウンター裏に置かれていた紙袋を手にする。コタツの上で粗熱の取れたタイヤキをいくつも無造作にナプキンでくるむと、がさがさと紙袋に突っ込んだ。
「一応これでも紅茶屋だからさぁ、鯛焼きは売ってないんだ。だから金払いたきゃ今度は紅茶でも買ってくれ」
ずっしりと膨らんだ紙袋を差し出され、少年は暫く無言で見つめていた。やがて彼は無邪気な笑顔を浮かべると礼を言う。
「ありがと。これも売ればいいのに。うまかったからさ」
紙袋を大事そうに胸に抱え、意気揚々と軽い足取りで紅茶屋を後にした金髪の少年と入れ違いで店舗に入ってきたのは、ここにいる誰もが顔見知りの、片刃の刀を携えた異国の軍人だった。
慣れた足取りでタタミの間までやってきた彼は、何を思ったのかこう宣うのだった。
「ねぇ、俺の分まだ残ってる?」
鳥籠の紅茶屋 夢裏徨 @KYumeura
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