4-4. タイヤキ・ショーケース

 あの棒で何をするのかと問えば、「甘いお魚さんを焼く」のだとケイカは言う。材料を準備ができたからと、後日、紅茶屋からシホにお誘いがあった。

「シホちゃんも好きだと思う! 甘くっておいしいよ!」

 などとケイカに力説され、真剣な表情でこくこくと頷くマリアを見てしまえば、シホも誘惑には抗えない。

 「兄」に店番を託して「鳥籠の花」に赴けば、いつもマリアとケイカが戯れている辺りに仲良く並んで座っていたのはリコリーとアリトラの兄妹だった。

「あ、シホちゃん来た来た」

「色々と焼き上がっていますよ」

「どれもおいしそう」

 双子に声をかけられながら、シホは店舗の奥に向かう。いつもとは違う、ホットケーキにも似た甘い匂いが店内に充満していた。

「でも、この匂いはお魚さんではないような…‥?」

 店の奥、一つ上がったタタミの間では、紅茶屋の三人がしっかりとコタツに入り込んでいる。コタツの上には、ひとつずつ小皿に載せられた、魚型のケーキのような物がずらりと並んでいる。一体どれほどの人数が集まるのだろうか。既に焼き上がって並べられているその数でも六人分には十分すぎるだろうに、シュロは、恐らく横に置いてあるのだろうシチリンで、まだまだせっせと焼いている。

 現れたシホに、マリアははにかんだ笑みを浮かべ、ケイカは屈託なく笑う。

 そしてシホは気付いた。こんなに焼き上がっているというのに、まだ誰も手を付けていないことに。

「お待たせしていたんですね、すみません……!」

「焼き立ては中が火傷するくらい熱いから、少し冷めたくらいがちょうどいいんだって」

「手前の細長いのがアンコ、三角のがカスタードクリームだそうです。奥の三角のがヤツハ茶風味で、細長いのがクリームチーズだそうです」

「アンコ……?」

 代わる代わる解説を入れてくれる双子の言葉の中に聞き慣れない単語が混じり、シホはオウム返しに聞き返した。シチリンから目を離さないシュロが、どんと器に入った黄色いペースト状のものをコタツの上に置く。どうやらそれがアンコというものらしかった。

「本当は小豆で作るんだけどなぁ。この間うっかり使い切っちゃってさぁ。だから今回はレンズ豆で代用した」

「お豆を、甘く煮て、ペースト状にするんです……」

「甘い、お豆ですか?」

 シホの知る豆は、スープやおかずに入る豆だけだった。だから甘い豆とやらは想像の範疇を超えている。だが、マリアやケイカが熱い視線を送っているのだから、それは美味しいに違いない。彼女はごくりと唾を飲み込んだ。

 ケイカに、コタツの空いた部分に座るように促される。双子がコタツに入っていないので気が引けたが、「あたしたちは慣れてるから、シホちゃんどうぞ」と当人らにも勧められ、シホはコタツに潜り込んだ。あったかぬくぬくとした空気に足が包まれ、頬が緩んだ。

 タイヤキもどうぞ、と勧められると、リコリーはヤツハ茶のを、アリトラはカスタードクリームのをそれぞれ取り、そして当たり前のように半分にするのだった。

 シホは迷ったが、好奇心に負けてアンコを取る。まだ温かい。かじかんだ指先に熱がじんわりと伝わってくる。

 がちゃりと音がした。また一尾焼き上がったようで、開いた型からぽとりと皿に落とした三角な魚を、シュロはコタツの上に並べた。流れるような手付きで脇に置いていた細長い型を手に取るとぱかりと開き、ブラシで油を敷く。生地をとろとろと流し込むとコタツの上に置かれたアンコをスプーンでがさりと掬って生地の上に落とす。上から更に生地を流すとぱたんと型を閉じ、シチリンの上に置いた。

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