4-3. 目的の品はいずこ

 店頭に立ったクラウスは、店に向かってくるいくつもの気配を感じて眉をひそめた。

 気配自体はクラウスの知るものであるし、人か否かの判断に困るような気配が混じっているわけでもない。

 クラウスに分からないのは、その人数だ。なぜ彼らが連れ立って骨董屋にやってくるのか、その理由が検討もつかない。紅茶屋の店主などは、店に根でも張っているのではと疑うほどの出不精だと思っていた。

 からん、とドアベルが鳴る。入ってきた人の気配はやはり五人。たまたま方向が一緒だったから連れ立ってきたのではなく、全員の目的地がこの店だったらしい。

 何故。戸惑いは募るばかりだ。

「こんにちは。何かお探しでしょうか」

「シホちゃんのお兄さん、こんにちは」

「確かこのお店に魚の焼型が置いてあったと思うんです。それを見せてほしくて」

 穏やかで優しい少年と、はきはきと朗らかな少女の声。

 あの得体のしれない商人の子であるらしいが、この二人にはオーブンを直してもらったり、コタツを設置してもらったりと、大変世話になっている。

「おじゃましまーす! じゃーんけんぽん!」

 幼い掛け声に釣られてクラウスがパーを出せば、ケイカはチョキだったのか、突進してきた勢いのまま手のひらを小さな指のハサミで切られる温かくて柔らかい感触がある。

「あ? じゃんけんだぁ? すまん」

 短く謝られると、小さく無邪気な気配が引き離されていく。シュロがケイカをクラウスから物理的に引っ剥がしたのは明白だった。

 となると、未だに戸口でおろおろとしているのはマリアで間違いないだろう。リコリー、アリトラの言う商品を見に来ただけならば、随分な大所帯だ。紅茶屋の三人は物見遊山だろうか。もしかすると双子と一緒に訪れたのが偶然で、彼らには別の目的があるのかもしれない。

 改めて用件を聞こうとクラウスが口を開きかけた時、店の奥から太陽の気配が現れる。彼女が客人たちの姿を認めたのか、太陽の気配はより一層華やいだ。


 ドアベルの音を聞き、寒さに震えながらもコタツを這い出してきたシホはまず、思ったよりも大勢の人が訪れていたことに驚き目を丸くした。

 リコリーとアリトラの双子は商品棚を眺め、クラウスは広げた手を前に出し、ケイカは何故かシュロに背後から抱えられている。シュロの後ろに立つマリアは何を目撃してしまったのか、出かけた悲鳴を手で抑えていた。

 シホは手で髪を撫でつけながら、片付け忘れた物があっただろうか、掃除は行き届いているだろうかと、店内を見回す。

「シホちゃん、こんにちは」

「お邪魔してます」

「大勢で押しかけてすまんな。鯛焼き器を置いてるって聞いてさぁ」

「タイヤキキ、ですか?」

 聞き慣れない言葉にシホは首を傾げてクラウスを見るが、クラウスも思い当たる物がないらしく、静かに首を横に振った。

「やっぱりないんだよ、アリトラ。ほら、迷惑になる前に帰ろう?」

「暫くこの辺りに置いてませんでした? 棒の先に魚の形をした鉄板がついてるやつ」

「あぁ、そういうものであれば、確かに」

 腕を組み、手を顎に当てて考えていたクラウスが答え、シホが一つ頷いた。彼女はちょうど、コタツの中でよく冷えたそれを弄っていたのだ。

「魚の棒のことですね! もう少しちゃんと展示したいなって思って、台がどうにかならないかと奥で色々と試していたんです。今取ってきますね。少しお待ち下さい」

 小走りで奥に戻ったシホは、コタツの上、木の破片を組み合わせながら落ち着きの良い角度を模索していたそれらを手に取った。魚の形をした鉄板は二枚合わさっており、ぱかりと開くようになっていた。先日、リディアがホットサンドを作ってくれたあれに似た作りではあるものの、四角いパンでは形に合わず、専用の魚型のパンでもあるのだろうかと悩んでいたのだ。

 シホが店頭に戻ると、リコリーが細い目を瞬かせ、アリトラが勝ち誇って胸を張る。

「あったんだ」

「ほらね、あたしの言った通りでしょ」

「なんか形違うー」

「違い、ましたか?」

 シュロの腕から抜け出して駆け寄ってきたケイカに良く見えるようにと、シホは手に持っていた魚の棒をケイカの目線に合わせて少し下げる。手を伸ばしてつんつんと突いたケイカがシュロを振り返ってそんなことを言うものだから、シホは表情を曇らせた。

 困ってシホがシュロを見れば、彼はやはり「あー」と気の抜けた声を出し、

「まぁ、大丈夫じゃないの?」

 などと宣わった。

 何が大丈夫なのかは、シホには分からなかった。

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