4-2. いざ骨董屋へ

 鯛焼き型の情報を仕入れた棕櫚の行動は、驚くほどに速かった。

 ぽかんとしている蛍火を最早小脇に抱える勢いで店も七輪も置き去りにして下駄を突っかけた。焼いていた餅はあんこをどばりと載せられ、雑に串をぶっさされた後、四人の少年少女たちの手中に収まった。

「すごい、外側はぱりぱりなのに、中はもちもちしてる」

「アンコ? 舌先でとろける。すごく滑らかだし、甘さも控えめで上品」

「マリーちゃんも一緒に行くのー。シホちゃんのところだよ?」

 熱いのかあんこだけを小さく齧っている蛍火が、呆然と棕櫚の行動を見ていた真理亜に声をかける。

「で、でも、お店……」

 骨董屋さんと言えば、あの、太陽のように朗らかな少女だ。いつも俯いてばかりいる真理亜と街中に遊びに行ってくれる程優しい子だ。店頭に立つ真理亜が、いつ彼女は来てくれるだろうかと、こっそり楽しみにしている彼女だ。理由もなしに会いに行くほどの勇気は残念ながら真理亜にはないが、会いに行くための口実ならば、結構いつも探している。

 だがどうしても、突然会いに行って迷惑にならないだろうかだなんて考え、自分の平凡すぎる容姿に落胆し、変な言動をしてしまわないかと緊張に固まってしまうのだ。

 会いたいのに、会わない理由を探している。そんな、矛盾。

 躊躇い、席を立とうとしない真理亜を見た棕櫚は、「あー」と気の抜けた声を出しながら地下に続く階段に視線を向ける。

 だが、棕櫚が階下に声をかけるよりも先に、どたばたと店内に滑り込んできた二人組がいた。

「あー、寒っ! なんか白いもんまで降ってくるし! なんだあれ」

「エベルは好きなんじゃないかと思ったんですが……好奇心も寒さには勝てませんね」

 手をすり合わせ、温めようと息を吹きかけるこの二人組は、先日、地下で行われていた魔法陣談義に乗りそびれた二人でもある。理由は単純明快。外出したらうっかり楽しすぎて、約束の時間に間に合わなかったから。

 安全な魔法の普及を目指す黒髪の青年、ユリは、フィン国の至るところで使われ、国によってきっちりと管理されている魔法陣というものに多大なる興味を示していた。ユリとよく行動を共にしている金髪の青年、エベルは、魔法陣よりも、それを追いかけるユリが行き着く先に興味を抱いているように見えた。

 二人はそれぞれ紙袋を抱えている。エベルの袋からは背の高い瓶の頭が三つほど飛び出し、ユリの袋には丸いものがごろごろと入っているのが見て取れた。

「香辛料に詳しいのって誰?」

「えぇっと……とりあえず雅沙羅さんに頼めば間違いがないかと」

「便利だな!」

「エベル。前々から思っていたんですが、人に対して便利という表現はどうかと……あれ、皆さん揃って外出ですか?」

 珍しく下駄を履いて店内に立つ棕櫚を、ユリはまじまじと見る。棕櫚は大概、奥で寝ているか、米を炊いているか、煎餅を焼いているかだ。相当な出不精で、たとえ姿が見えなくても外出の可能性は最初から考慮されない。

「そう! シホちゃんの所に遊びに行くの。マリーちゃんも一緒に」

「け、ケイちゃん。私は、だから、お店が」

「あ、僕らで良ければ店番してますよ」

「行ってらー。お土産よろしく」

 立ったままマフラーを外す二人はあっさりと承諾し、真理亜はぽかんと口を開けるしかなかった。

「僕らじゃ心配ですか? でも、下にいくらでも応援はいますから、大丈夫ですよ」

「でもさー、その格好で外に出るのだけはやめとけ。寒さで死ぬから。まじ」

 寒いと言いながらも陽気な彼らが羽織るのは、春物と言われてもおかしくないぺらぺらのコートだ。てっきり寒さに強いのだと思っていた。違った。

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