第4話 あまいあまい、おさかなのゆめ

4-1. 蛍火のおねだり

「ねぇ、棕櫚。あの甘いお魚が食べたいな」

 七輪で餅をせっせと焼いていた棕櫚は、そんな蛍火の声にぴたりと手を止めると顔を上げた。

 炬燵の中にしっかりと潜り込み、うとうととしながら天板に突っ伏していた蛍火は、夢の中で天啓でも受けたのか、きらきらとした瞳で棕櫚を見つめている。こんな顔で可愛らしくお願いされて断るようなやつは、きっと悪魔に違いない。

 棕櫚はロボットのような瞬きを五回。そんな合間にも餅はぷくーっと良い感じに膨らむ。徐ろに一つ箸で摘み上げた棕櫚は、左手で無精ひげを撫でると口を開いた。

「煮付けの魚?」

 違うと思う。

 店舗に客が来ていないのをいいことに、蛍火に引き摺られて入った炬燵の中、真理亜はぼんやりと二人のやり取りを聞いていたが、それが仇になった。そうでなくたって咄嗟に声など出ないのに、ぼんやりとしていたから更に止めるのが遅れた。

 皆の癒やしである白いふわもこの天使は、般若の形相になった。


 寒いのも気にせずに炬燵から這い出してきた蛍火に棕櫚がぽかすか叩かれているのを止められず、真理亜はおろおろとするばかりであった。

 誰もいない店舗に助けを求める視線を送ること数分、彼らはやってきた。

「こんにちは」

「こんにちはー。あれ、ケイちゃんどうしたんですか?」

 青目黒髪の目付きの悪い少年と、青い髪を一つに括った少女。顔立ちのあまり似ていない彼らは揃って落ち着いた色合いの毛織物のコートを纏っていた。

 双子だという彼らは、夏に行ったココアの試飲以来常連となり、足繁く通ってくれている。気さくな彼らとは年齢が近いこともあって真理亜も気負わずに話せるので、来店を心待ちにしている二人でもあった。

「あ、の……ケイちゃん、甘いお魚さんが食べたいんだって……」

「謎掛け(リドル)かな」

「シュロさんは回答を間違えたと」

「間違えるとあぁなるのか……怖い」

「でもケイちゃんに叩かれるのはむしろご褒美」

 真理亜がしどろもどろに状況説明すれば、双子特有のテンポで会話が進んでいく。

「甘い味付けをされた魚なのか、魚自体が甘いのか」

「形が魚なのかもしれない。素材は違うのかも」

「あ、多分、それ、です」

「それ?」

 推理モードに入ってしまったリコリーとアリトラの合間になんとか真理亜が言葉を滑り込ませれば、二人は真理亜を見、揃って首を傾げた。

「鯛焼きって、お二人さん知ってる?」

 棕櫚の声に助かった、と真理亜は振り向く。蛍火は不服そうに唇を尖らせていたが、疲れたのか彼を叩いていた手は止まっており、大人しく膝の上に抱えられているようだった。

「鯛って魚の形した型に生地を流し込んで具材を入れて焼くんだ。出来上がりが鯛の形してるから鯛焼き。うちのお姫様はそれが食べたいんだと。でもなぁ、型がないとこればっかりは」

「へぇ、そんなお菓子がヤツハにはあるんですね」

「あたし、その型見たことあるかも」

「嘘は言っちゃ駄目だろ、アリトラ」

「勝手に嘘って決めつけないの、リコリー」

「じゃあお前はどこでその型を見たのさ」

「銀の短剣」

 アリトラがきっぱりと名前を告げたのは、数軒隣にある、真理亜も良く知る骨董屋だった。

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