3-2. 季節商品
「お店はどう? 順調?」
幸せそうに掬った寒天をにやにやと眺めている桜に突然話題を振られ、真理亜はスプーンを口に入れたまま固まった。
お客さんはそれなりに来ているし、常連さんもついてきたようだし、それなりに買ってももらっている。順調、だと思いたい。
「うん! 順調だよ!」
真理亜に代わって元気よく返事をしたのは蛍火で。
「先日作ってあったジャムも売れているようですよ」
雅沙羅が在庫状況から売れ行きを導き出す。
「ホント? やった! また作ろう。そろそろサクランボの時期かな? また誰か買い物行かないかな?」
ガッツポーズで喜ぶ桜を前に、そういえば先日、生真面目そうな長身の男性が購入してくれたのを思い出す。盲目なようではあったが、実際には見えているのではと思うほどしっかしとした足取りで、他者からの手助けは全く必要そうにない人だった。
「基本の紅茶はそのまま数量を補充するとして、フレーバーティは少し種類を入れ替えても良いですか?」
「え? あ、はい」
「何で?」
「何が増えるの?」
良く分からずに頷いた真理亜の横からすかさず質問が入り、なんて自分は駄目なんだろうと内心がっくりと肩を落とした。
「今までは気温が低かったのでジンジャーやシナモンなど、体温を上げるスパイスを多めに使っていましたが、もう気温も高くなってきたでしょう? なのでレモンやベリーを入れた爽やかな風味のものを用意しようかと思っています。あぁ、それに」
良い案を思いついた微笑む雅沙羅に、何が出てくるのだろうかと三人はそれぞれ首を傾げる。
「ココアも、良いですね」
「ココア?」
怪訝な顔で問い返したのは桜だけだったが、ココアこそ寒い時期の飲み物ではないかと真理亜も思っていた。
数日後、店舗には今まで見たこともないような人だかりが出来ていた。
地下から雅沙羅が桜を伴い、新商品であるココアを持ってきたのが数時間前のこと。箱に詰められたココアの紙箱を真理亜に託し、二人は店の外で試飲を始めた。下で既に冷たいミルクに溶かしたものを作ってきたらしかった。
試飲に釣られて店舗の中にも人が増えていき、人馴れしていない真理亜は目眩を起こすかと思ったそんな時、ぐだっと面倒臭そうな顔をした棕櫚が応援に来てくれた。
そんなこんなで真理亜と蛍火は邪魔にならないよう、畳の間に二人正座している。途中で試飲用のココアを追加しに下に降りた雅沙羅から二人も貰ったので、手の中に試飲用の紙カップをそれぞれ握っていた。
「飲んでいいのかな?」
「い、いいんじゃないかな?」
悪いことをしているわけでもないのに、二人でこそこそ言葉を交わしてから二人同時に口をつけた。
「!」
「……おいしい……!」
二人でカップを覗き込みながら感動していれば、棕櫚に会計してもらっているお客さんになんだか微笑ましく見守られたような気もするが、それはこのココアの美味しさの前では些細なことだった。
どうやらショーウィンドウから丸見えな二人の表情を見て、試飲を、そして店舗に入ることを決めたお客さんもいるようだが、それも些細なことだ。
すっきりと爽やかな甘みにカカオの香り。最後にピリッと残る辛みは、唐辛子でも入れているのかもしれなかった。しかし、カカオと唐辛子だけでは出ない、もっと奥行きのある味がする。深みのある味とはこういう味を指すのかと、真理亜の思考は脱線していく。
再び上がってきた雅沙羅を見上げれば、困ったような顔をして「もう一杯だけね」と注いでくれた。
「冷やしたココアとは珍しいですね」
「そうですね。ですが元々カカオが薬として使われていた頃は、こうして他のスパイスと合わせて飲まれていたんですよ」
金髪の少女の背後に寄り添う長身の男性と話しながら、雅沙羅は空なのであろう金髪の少女のカップに注ぎ足す。それをきらきらとした眼差して見つめていた彼女は、真理亜の視線に気付いたのか気恥ずかしげな表情をしたが、真理亜の手中にある、彼女が持っているのと同じカップを見つけると、一瞬で華やいだ笑顔になった。
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