第3話 紅茶屋の在庫管理
3-1. ひとやすみ
恐らくは引きつっているだろう笑顔を貼り付けたまま商品を渡し、お釣りを渡し、お客を見送る。先ほどまで真理亜の隣に並んでいた白い幼女は暇になったのか、店舗スペースをスキップしながら回っていた。
綺麗な金髪だと、戸を潜る客人の後ろ姿をぼんやりと眺めていれば、彼女は外の歩道から店内を振り返って会釈する。真理亜は凍りつきかかったが、元気よく手を振る蛍火を見てそれに傚った。
金髪の後ろ姿が通りの向こうに消えると、真理亜はふぅと息を吐いてへなへなと一段上がった畳の床に座る。
最近近くに骨董屋を構えたと言う彼らは、真理亜たちが扱う商品を気に入ってくれたらしく、ちょくちょく買いに来てくれるようになった。が、上から下まで黒づくめで無表情な人が来た時には、呼吸困難に陥るかと思った。
もちろん、緊張で、だ。
悪い人たちでないことは分かる。かといってスムーズな応対が出来るほど、真理亜はまだ人に慣れていない。畳の間に棕櫚でもいて助け舟を出してくれれば話はまた別なのだが、彼はどうも真理亜が店舗に立つようになってからサボり癖がついてしまったらしい。
ふぅ、と一つ息を吐くと真理亜は棚の前に立ち、お客さんたちが触って乱れた陳列棚を直し始めた。と、店の奥、否、地下から軽い足音が二つ上がってくる。
「ケイちゃん、マリーちゃん、お疲れー」
「お疲れ様です」
上ってきたのは、先日一緒にジャムを作った桜と、彼女の知り合いで店舗に出している紅茶をいつも調合してくれている雅沙羅(あさら)だった。
桜の気さくな性格と、年齢の近さから桜には親近感を覚えており、先日のジャム作りのように手伝ってもらうのに気兼ねしなくなったけれど、雅沙羅はなんというか手の届かない人と真理亜は認識していた。
雅沙羅は桜と同じ高校生というが、格段に大人っぽい。今日だって、首の詰められた白いブラウスはきちっと上までボタンがかけられているし、裾の長い濃いベージュのロングスカートの裾を揺らす様は優雅で、同性の真理亜もつい見惚れてしまう。口数は然程多くはないが穏やかな笑みを絶やすことなく、真理亜が安心して一緒に居られる人だった。
雅沙羅は右手に持っていたポットを畳の間に置くと店舗に下り、手に抱えていた箱から袋詰めされた茶葉を取り出しては次々と並べていく。ただの商品補充かと思えば(それだけでも十分ありがたいが)、ついでのようにしてさりげなく在庫管理もしてくれているのだから、頭も上がらない。
畳の間に残った桜は、持っていた盆をそのまま畳の上に置く。
涼しげなガラスの器には白や緑に色付けられた立方体の寒天とキウィやパイナップルなどのフルーツ、それに少量の餡子が載せられている。黒蜜もかけられているのか、器の底がほんのり琥珀色に色づいている。
器が曇って水滴がついているのは、それだけよく冷やされているのだろう。あまりに美味しそうで、ごくりと喉が鳴った。
ショーウィンドウの近くにいたはずの蛍火はいつの間にやらサンダルを脱ぎ散らかし、盆を囲むように座っている。わくわくと興奮に揺れているだろう翼が彼女の背後に見えないのが寂しい。
桜は手馴れたもので蛍火に木の匙を渡す。そして同じ盆の上に伏せてあったガラスのコップに、雅沙羅が持ってきたポットから注ぎ分けるのは、どうやら冷えた麦茶のようだ。
一通り作業が終わったらしい雅沙羅に促され、真理亜は雅沙羅と共に、店と畳の間との段差に腰掛けた。
全員が席に着いたことを確認するや否や、くりくりとした瞳を輝かせた蛍火が「いただきまーす」と宣言してガラスの器に手を伸ばす。
「いただきます」
「どうぞー。作ったの雅沙羅だけど」
「いつも桜に作っていただいていますから」
そんな二人の会話を聞きながら、真理亜は銀杏切りされたキウィを口に運ぶ。冷たく冷やされたキウィからじゅわっと甘酸っぱい汁が口の中に広がった。
幸せの極みである。
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