2-3. 最後の仕上げ
鍋の中、赤い液体の嵩が減り、もったりと粘度を増すと、桜は火を止めた。
「もう少ししたらケイちゃんにも手伝ってもらうから、もうちょっと待っててねー」
などと声をかけながら、彼女は今まで触りもしなかった鍋から次々と空き瓶を出してくる。
「瓶が、鍋から……?」
「殺菌消毒! 自宅用だったらここまでやらないんだけど、お店で出すものでしょ? だから念には念を入れて、ね。砂糖も控えめにしてるし。
マリーちゃん、そこのお玉で注ぎ分けてもらっていい?」
「が、頑張る…」
「下から掬って、実から入れてね」
桜の指示に従おうと努力はするが、緊張で震える手ではなかなかうまくいかない。蛍火がじっと見詰めてくるから、真理亜の頰ばかりが熱くなる。
真理亜が零さないようにと悪戦苦闘して注ぎ分けている横で桜が作っていたマーマレードも完成したらしく、彼女も次々と瓶を一杯にしていった。
桜の真似をして淵すれすれまで入れると、鍋の底に少し余る。桜の方を見れば、余った分はまだ鍋に残っていたので、真理亜もそれに倣う。
ふぅと息を吐きながら、震える手で鍋を戻す。真理亜が終わったのを見ると、桜は「ありがとー」と言いながらゆるく蓋を閉めた満杯の瓶をミトンを嵌めた手で再び鍋に戻した。
「マリーちゃんが頑張って淵まで入れてくれたから大丈夫だとは思うけど、こうやって中に入っている空気量を減らすともうちょっと長持ちするんだ」
「へぇ……」
真理亜にはそもそも、日持ちする、という概念が良く分からなかったが、桜がお店用にとものすごく気を使っていることだけは感じ取った。
「さぁ、ここからがお楽しみの時間だよ」
満面の笑みになる桜に、真理亜と蛍火は顔を見合わせる。
何が始まるのだろうと一様に首を傾げる二人の前で、桜は足元のオーブンを開くと中から鉄板を引き出し、調理台の上に置いた。
こんがりと焼けた円筒形のお菓子が、香ばしい匂いを漂わせながら鉄板の上に鎮座している。
「さぁケイちゃん、このスコーンをこっちのバスケットに入れるのです」
「全部?」
「そう、全部」
ジャムを作り始める前にはもう焼きあがっていたのだろうそれは、まだ温かそうであったが、蛍火でも素手で触れるくらいには冷めているようだった。
蛍火は紅の瞳をきらきらと煌めかせると、ミトンを外してぽいとあちらの空に放り投げ、踏み台から一度降りるとずるずると引きずってオーブンの前に立ち直した。
「マリーちゃんは、鍋に残ったジャムをこっちの器によそって。あっちの小さいスプーン使っていいから」
「あ、はい」
深さのある白い小皿を数枚渡された真理亜は、指されたスプーンを使ってジャムを盛る。白い器に、赤とオレンジ色が良く映える。
これも、と桜が冷蔵庫から出してきたそれはバターよりも白っぽい。クロテッドクリームというらしい。
バスケットに盛られたスコーン。盆に並んだ小皿のジャムとクロテッドクリーム。それに数人分の取り皿とティーカップ。それらを満足げに眺めた桜は、良い笑顔で薬缶を火にかける。
そしてそのまま、今も魔法陣談義をしているだろう彼らに向かって叫ぶ。
「クラウスさん、紅茶淹れてー!」
名を呼ばれた彼は目を瞬かせ、少年と少女が顔を輝かせた。
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