2-2. ジャムを作ろう

「あぁ、マリー君」

「はい!」

 唐突に名を呼ばれ、そそくさと退散しようと思っていた真理亜は背筋を伸ばす。

 そんなに改まらなくていいよ、と苦笑交じりに続けられれば、「ごめんなさい」と縮こまるしかない。

「桜君とケイ君はもう厨房にいるよ」

「あ、はい。……ありがとうございます」

 振り返って厨房を見やれば、隙間から白い幼女がぴょこぴょこと飛び跳ねては真理亜に手を振るのが見えた。


「あ、来た来た。まだあの三人、あそこで喋ってるの? 好きだねー。昨日からあの調子なの」

 厨房でオレンジの皮をむいていたおかっぱ黒髪黒目の少女、桜は、そう言って呆れたように笑う。

 もしかして昨日から飲まず食わずなのでは、とつい慌てて振り返ってしまったが、脇に置いてあったテーブルに使ったマグカップや皿が避けて置いてあったなと、ほっと胸を撫で下ろした。

 蛍火はといえば、置いてもらった踏み台の上で、既に準備されている鍋を覗き込んでいた。久し振りに見る羽がはたはたと揺れるのは微笑ましいが、その内手を出してぱくりとつまみ食いでもするんじゃないかと心配になる。

 しかしよく見れば、蛍火の両手にはミトンが装着されていた。今から火を使うにあたって、熱い鍋に蛍火が手を出さないように、という配慮だろう。

「昨日から……?」

「そうそう。昨日、街でよっぽど面白いものを買ってきたらしくって。見せてもらったんだけど、私じゃさーっぱり分かんないの。使い方聞けば便利だなとは思うんだけど。雅沙羅とか瑠璃さんとかなら分かるのかなぁ」

「良かった……」

 ついぽろりと本音が出た。

 ここで彼らの話を理解できないのが真理亜だけだったら、色々と辛い。

「じゃあ、今から火を点けるから、ケイちゃんとマリーちゃんはそっちのお鍋見ててもらっていい? 私は今からマーマレードの方準備するから」

「見て……?」

 さっさとコンロに火を入れて、調理台の奥に立ててあった木べらを真理亜に渡すと、桜はオレンジの皮を洗い始めた。

「適当に掻き混ぜといて。沸騰し始めたらちょっとはねるかも。だからケイちゃん、あんまり顔出さないでねー」

「うん」

「は、はい」

 真理亜が鍋を覗けば、赤い透明な液体の中にイチゴがごろごろと転がっている。あまりにもごろごろと入っているもので、混ぜようにも混ざらない。

「あ、最初は無理しなくていいよ。ぐつぐつ言い始めてからで」

「はぁ……」

 真理亜がおたおたしている間に、桜は手際よく皮についたワタを外し、皮だけを鍋で茹でてはお湯を捨てることを繰り返す。皮を水で洗ったかと思えばそのまま水に晒し、傍で実の薄皮を剥く。

 そんな一連の作業を、真理亜はぽかんと見ていた。

「こぽこぽ言ってきたー」

 蛍火の機嫌の良さそうな声と、顔に感じた細やかな風に、そして鼻腔をくすぐる甘い匂いに、真理亜ははたと我に返ると鍋を掻き混ぜ始めた。

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