第2話 紅茶屋の地下

2-1. 魔法陣談義

 表の店舗は狭いくせに、紅茶屋「鳥籠の花」の地下は広い。

 奥の座敷から螺旋階段を降りていけば、降りて左側、店の裏手となる方にはバーカウンターが、そしてその奥には厨房が続いている。

 右側である、店舗の真下にあたる部分には椅子とテーブルが並び、古参メンバー曰く「特別なお客様」を招く部屋なのだというが、真理亜はまだ、「特別なお客様」が招待されたところに遭遇したことがなかった。

 お客様がいなければ無人になるかといえばそうでもなく、数人がのんびりとお茶をしているのが常だった。

 しかしだからといって「分子が」「原子が」「エネルギーが」などと小難しい話をしている科学者や錬金術師の話にはついていけず、同席したとしても理解することを諦めてぽかんと眺めているしかなかった。

 今日集っているメンバーは、他の誰も寄せ付けないような話題ばかりの取っ付きにく面子ではないものの、中央の大きな四角いテーブルに所狭しと本やら紙やら箱やら皿やら人形やら、脈絡もない日用品を広げて何やら議論している。

「さすが、これだけ魔法が発展しているだけあって、文法が整っているね」

 ひっくり返した皿の裏面を指でなぞりながら、そう感心したように呟くのは、ひょろりとした長身でサングラスがトレードマークの魔法使い。しばし考えて思い出してみれば、彼は「紋章師」を名乗る、魔法陣の専門家だ。

 彼の左隣、椅子の上に膝立ちになって一心不乱に本のページを捲る銀髪の少女は、意外にも紋章師の言葉を聞いていたらしく、こくこくと頷いて同意を示した。いや、彼女のことだから、聞かずに頷いているだけかもしれない。

 口下手で大人数集まる時は部屋の隅にいる彼女には真理亜も親近感を覚えていたのだが、こうしてついていけない会話に普通に参加しているところを目撃してしまうと、なんだか勝手に裏切られたような気分になる。

「ん? でも僕らの世界と違って、そっちは魔法陣も発達してるんじゃなかった?」

 そう言って裏返したジャケットの背を目線に掲げ、穴が空くまで見つめているのは小柄な少年だ。見た目だけならば真理亜よりも年下に見えるが、実は彼の方が彼女よりも相当上だという。

 ここに顔を出すようになって真理亜は学んだことがある。いかに彼女よりも年下や同年齢くらいに見える人でも、実は真理亜なんかよりも数倍長く生きている、

 この世界は理不尽と不条理に満ち溢れている。

「いやぁ、そうでもないよ? 魔法紋章を使う、いや、使える人は限られているからそこまで普及していないしね。確かに魔法を構築するにあたっての法則はあるけれど、個人の癖が出やすい。この国のものはその点、もう少し画一化された陣が出来上がるんじゃないかな」

 取っ付きやすいのは彼らの性格だけで、話している内容自体は科学者たちの六角形と直線で構築された図が、丸と曲線が組み合わさった魔法陣に置き代わっただけだった。

 どうして彼らが集まっているのだろうかと思ったが、そういえば魔法陣の研究の為にと街に繰り出していたのを真理亜は思い出す。話を聞くにどうやら魔法陣の入った物をあれやこれや買い込んできたらしかった。

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