第17話「騎士団の事情」



「はは……勝った。勝ったよ、ナナミ」

「うん! 猛、カッコよかったよ!」


 はは。お前ほどじゃないけどな。

 もう、ナナミがRPG-7を背負っていても何の違和感を感じなくなってきた。


 それどころかむしろ頼もしくすらある。

 それなのに、後方に避難させようなんて馬鹿な考え──────……あれ?


「ところで、ナナミは何で戻ってきたんだ? エルメスさんが避難させてくれたんじゃ?」

「ぶー……。知らないよぉ! あのオジサン、丘を越えたとたん、急に私にナイフを突きつけたんだもん」



 ………………は?



「なんか、人質にして───みたいなこと言ってたけど、隙を見て馬から飛び降りて逃げたんだよー」

「……えっと、どういう───」


 突然の話で猛の思考がフリーズしかける。

 なんで、騎士団がナナミを拘束しようとしたのか、それに人質? 誰の誰に対する───……。


「い、今の話は本当か?!」


 ナナミとの会話に割って入るメイベル。

 半裸の彼女に対して目のやり場に困った猛はソッと制服の上を貸してあげるが、それを上の空で受け取ったメイベル。


「むぅ? あのオジサンのこと??」

「そうだ! エルメスのことだ! 奴が裏切ったようにも聞こえたぞッ」


 眉間にしわを寄せたメイベルは複雑そうな顔でナナミに詰め寄る。


「エルメスに限って裏切るなどあり得ん! 何かの間違いだろう!? なぁ?!」


 ナナミの胸倉を掴んでグィっと引き寄せるメイベル。

 その仕草を鬱陶しそうに睨むナナミ。


 よくよく見れば、ナナミのやつトカレフを引き抜きメイベルの腹に押し付けていた。

 あまりの早業に猛の反応すら遅れる。


「メイベルさんだっけ……? 部下の不始末を追及されたいんなら、そのままどうぞ───」

「お、おいナナミ! それにメイベルさんも落ち着いてください」


 事ここに至り、ナナミは容赦しないだろう。

 ケタケタと笑いながらオーガを殲滅して見せた武装女子高生だ。

 今さら、メイベル一人仕留めることに何のためらいを見せるというのか───。


 それにメイベル自身も問題だ。

 ナナミの武装の恐ろしさを、まだまだ理解していないのだろう。


 腹に押し付けられたトカレフに対して何ら注意を払っていない。


「落ち着け? これが落ち着いていられるか!! 私の部下だぞ! 長年ずっと一緒にやってきた……」

「だったらアンタの見る目がないんだよぉ?」


 左手をトカレフに添えると、ガチャキとスライドを引き、薬室に初弾を装填。

 トカレフにセーフティはないので、あとは引き金を引くだけで発射可能だ。


 そして、ナナミの据わった目。

 ありゃぁ…………撃つ人の目をしてる。……超怖い。


「と、とにかく状況を確認しましょう。お互い情報交換から───」

「ん? いいよー」


 ナナミはあっさりと引き下がり、拳銃をホルスターに戻した。


 メイベルはまだ不満そうだったが、猛が彼女を引きはがし肩に上着をかけてやると、そこで緊張の糸が切れたのか、ドッと地面に座り込んでしまった。


 いつの間に握っていたのか、逆手に持った短剣をジッと見ている。


「ふぅ……。身内のゴタゴタかな?」

「さぁ? でも、エルメス? だっけ、あの人───」


「うん、副隊長さんだね」


 ナナミは語る。

 エルメスの一挙手一堂を見たまま、聞いたまま。


「なんか、騎士団の死角に入ったとたん、鳥人間みたいな変な女の人と連絡してたんだよ───そいでね」


 ナナミは棒を拾うと地面にガリガリと絵を描く。

 決して上手なソレではなかったが、ゲーム脳に犯されている猛にはぴんと来た。


 鳥人間───……ハーピーだ。


「砦が陥落したとか、本隊はどうのこうのって言ったかと思うと───」


 そこまでナナミが語った時だ。

 

「全員、動くなッッ!」


 ッ?!


「あー! あの人だよぉ!」

 いや、見ればわかる。


 エルメスだ。

 銀髪蒼目のイケメン野郎。


 そいつがオーガ戦のどさくさに紛れて接近し、あろうことか……。

 空から……!?


「ぐ……! な、何の真似だ?! こ、答えろエルメス!」


 半裸状態のメイベルが首元に匕首を突きつけられ羽交い絞めにされていた。

 ここまで近づかれるまで気付かなかったとは……!


 ようやく周囲を確認すれば空には数羽の大きな鳥が───……。


 いや、ハーピーか!!


 猛の視線に気づいた鳥人間ことハーピーが上空で謳うようにケタケタと笑っている。

 羽根音が全くしないので、声を出されるまで気付かなった……。


「くくく……。予定とは違いましたが、まぁ結果よしとしましょうか」


 エルメスはメイベルを無理矢理引き起こすと彼女を盾にした。


 ちょ……?

 ど、どういうこと?


 っていうか。

 …………やべぇ、メイベルさん。スゲーとこ丸見えなんですけど。


「……猛ぅ?」

「あ、イタっ!」


 目の据わったナナミさん。

 銃剣で猛の尻をチクりと差してくるではありませんか。


 ……今、そう言う状況じゃ。───あ、はい。すんません。


「まさか、オーガチーフまでやられるとは予想外でしたが……。それだけに勇者の力が想定外ということ───致し方ありません」

「ぐ……」


 メイベルの首を薄く破る匕首の刃。


「よ、よせ! エルメスさん落ち着いてください!」

「はは。落ち着いていますとも───」


 ニィと口を笑みの形に歪めるエルメス。

 顎をクィっとしゃくると、彼に直属していた残り4人の騎士が地形の影から現れた。

 全員フェイスガードをしているので表情はわからないが、エルメス側の人間だろうと当たりがついた。


「さぁ、おしゃべりするつもりはありませんよ。こんなことをしたら武器を捨てる人だったかな?……勇者殿」

「う……」


 エルメスが少しだけ匕首を滑らせると、メイベルの白い肌に朱が奔る。

 ツツーと垂れる血。


「エルメス貴様ぁ……!」

「ふふふ……。ずっとこんな日を待っていましたよ───さぁ、武器を捨てろ!」


 人質にされたメイベルが悔し気に顔を歪める。

 そして、猛はと言えば当然軽いパニックに陥っていた。


「ちょ……え? ちょっ!」


 剣を捨てるべきか否か───……。

 ナナミは油断なく視線を周囲に走らせている。


 それを包囲せんとして、エルメス配下の騎士がジリジリとにじり寄る。


「エルメス……! 貴様、この裏切り者! 魔王軍に降ったのか?! なぜだ!!」

「人聞きの悪いことを───……私はこれでも愛国者ですよ? 裏切るなど、とんでもない」

「ならば、なぜ!!」


 ハッ!


 エルメスは声を出して笑うと、

「はははは。私がハルバル王国の騎士だとでも? いつからそう思っていたので?」

「なんだ、と」


 驚愕に目を見開くメイベルだが、途中でハッと気付いた。


「貴様……初めから間者だったのか?!」

「今さら───……くくく。人間は救いようのない馬鹿ですね」


 ギチィ……と、一瞬だけ、エルメスの顔の皮膚が青黒く変化する。


 その様子に、メイベルを始め猛たちもギョッとする。


「んな!?」

「ぎ、擬態……?」 


 目の色も───白目が黒く、瞳がトカゲのように縦に割れた。

 しかし、その変化も一瞬のこと───。


 元の優男の貴公子然とした表情に戻ったエルメル。


「ま、魔人……だと?」

「くくく。ご名答───いやいや、人間生活も悪くはありませんでしたよ? 罪人の肉ならいくらでも喰らえましたし、擬態した顔につられて女のほうから股を開きにやってくる。実に楽しかったですよ───隊長」


 ニィと笑うその顔は、確かに人のそれとは明らかに異なる。


「く……! まさか、そんな?!───今日の出撃も初めから罠だったということか!!」

「当たり前でしょう。隊長は鈍いですね……そして、じつに愚かです!」


 あはははは! と高笑いするエルメスを睨み殺さんばかりに見ていたメイベルだが、


「ゆ、勇者どの……! この男の言葉など聞くなッ! 私のことに構わず、この不忠者に鉄槌を!」

「おっと……! そうはいきませんよ───やれよッ!」


 シャッ! と鞘引く音ともに4人の騎士が同時に抜刀。

 猛とナナミに剣を突きつける。


「やれやれ……。もっと時間をかけたかったのですがいたし方ありません。勇者出現と聞いては魔王様も動かざるを得ないでしょうし。あと少しでハルバル王国の喉元まで食い込む予定だったのですが……」


 実に不本意だとばかりに首をふるエルメス。

 やや杜撰に見える計画は、色々とわけアリらしい。


「さて、勇者どのは危険極まりない───早々に武器を捨ててもらいましょうか。……さもなくば!!」


 ズブブ……。


 匕首がメイベルの首に沈んでいく。

 うまく頸動脈等の致命傷を避けているようだが、見ていて背筋が凍るような思いだ。


「が……! ぐぅ……!」


 メイベルが悲鳴をあげるたびに更に歯が食い込んでいき鮮血が迸る。

 見知ったばかりとはいえ、知り合いが血を流して苦しむ場面など猛には耐えられそうもない。


「わ、わかった! せ、今捨てるッ」

「ダメだ! こんな男の言うことなど───ぐぅ!」


 冷酷に笑うエルメス。

 同じ釜の飯を食ったであろう人間にこうまで冷酷になれるものなのだろうか。


 苦り切った顔の猛。


「そう。それでいいんですよ───な~に、大人しくしてればすぐには殺しませんよ」

 ギリリと歯ぎみしつつ、猛はそっと武器を地面に置く。


 その様子を絶望的な目で見ていたメイベルは涙を一筋流し。


「わ、私のせいで…………くっ、殺せ」


 匕首を引き抜かれ、血を吹き出すメイベル。

 傷口を押さえるも、絶望の余りメイベルはガクリと膝をついてしまった。


 その頃には猛の武器は回収され、ナナミもまた拘束される寸前。抵抗は無駄に思えたが……。


「殺す? えぇ、ことが済めばすぐにでも──────ゴブリンの苗床にでもなってもらいましょうか、そこの少女もろともね!」

「よせ! ナナミは関係ないだろ! 俺だけを連れていけ!」


 凶悪な笑い顔を見せたエルメス。




 そして、







「猛ぅ……。今なら撃てるよ?」

 ニコッ。

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