舞台裏①

「どうもどうも、秋田先生」

「……こんにちは。鈴木先生」


 生徒への対応を終え廊下を歩いていると後ろから同期の鈴木に声を掛けられた。


「何度目でも初日はキンチョーしますなぁ!」

「そーですね」


 緊張とは無縁そうな調子でこちらを追い抜くと、白衣を纏った美術教師は口角を釣り上げ廊下の一角を指さした。


「初日から、ですか?」

「十分くらいですよ。それに新人ちゃん達はまだかかりますって」

「わかりました。付き合いますよ」


 反論を検討したものの、特になにも出てこなかったので俺は不良教師と共に誰もいない美術室でサボることにした。



 § §



「鈴木、お前ホントにそれ好きな」

「いやぁ、半分飲んでくれる同期の桜あっての購入ですよ~」


 鈴木は白衣に隠し持った合鍵で手早く開錠を済ませ、何食わぬ顔で侵入する。俺が一応周囲を見回してから続く頃には備品棚から持ち出したグラスに飲み物を注いでいた。隠れて飲んでいるのが酒などではなく、激甘なカフェラテの類なのが救いだ。ここが公立でなくて良かったといつも思う。


「では、無事に初日のHRを終えて……?」

「……乾杯」


 簡単な乾杯を済ませてからグラスを傾けるといつもの甘さが口に広がった。美味い。美味いんだが、濃い。相変わらず強烈な飲み物だ。


「それで、秋田はどうだった? 生徒受けは上々? 気になる生徒はいた?」

「おかげ様でな。気になるのは……どうだろ? そっちは?」

「バッチリだね。生徒の方は素直そうで……少し、物足りないかな?」

「おいおい」


 自己紹介のときのデカデカ名前を書くアイデアは鈴木の発案だ。とりあえず、何かしらの印象を残すことが大事だとは鈴木の談だ。よくわからない印象、名前もうろ覚えの教師が一番よくないとのことだ。ちなみに鈴木の白衣もその一環だ。実際は美術のときの作業着らしいが本人のキャラクターとマッチしているように思う。

 この年上の同期は態度こそ軽快だが頼りになる。素直な生徒ぞろいのクラスに不満を覚える感性は頷けないが。


「四月早々に有給取るんだから、印象良くしておかないとね」

「……忌引き、だからな」

「へいへい」


 特に俺の言葉に取り合わず、鈴木は空のグラスを手早く片付けた。それから俺達は何食わぬ顔で美術室を後にして職員室で執り行われる学年担任ミーティングに参加した。

 ほどほどに耳を傾けながら、ふと入学式が終わって間もないタイミングで有給を

とってクラスを空ける俺も不良教師なのかもしれないなと頭に浮かんだ。

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