想い出の場所
春も麗らかな平日の昼頃。郊外の運動公園は桜の見ごろをむかえていた。それなりの人出だが、広い公園で人々は自由に寛いでおり窮屈さを感じることはない。
並木道を風に揺れる桃色を見上げながらゆったりと歩いていると、視界に人影が写り込んだ。ぶつかる手前で立ち止まると、相手もこちらに気づいたのか驚き固まっていた。
「春川?」
「えっ? 先、生?」
春川は二度三度こちらを見てあたふたし始めた。野暮ったいメガネの下でグルグルと回る瞳はわかり易く彼女の混乱を伝えてきた。
§ §
「落ち着いたか?」
「……はい」
屋根付きの休憩スペースに春川を座らせ飲み物を与え一段落ついた。自動販売機が設置してある公園で助かった。
買いに走って高鳴った心音を耳の裏で感じながらお茶を呷る。
「今日は、サボりか?」
「いえ、その……はい」
しまった。詰問調だった。驚きと急な運動の直後で変に前のめりになってる。
「その、すまなかった。急なことで、俺も驚いた。びっくりさせたな」
「…………」
頭を下げるこちらに合わせるように春川が背を丸めながらこくりと頷いた。改めてその恰好を眺める。肌や髪が痛んだ感じはしないが全体的に野暮ったい印象を受ける。ジーンズに地味なパーカー姿で長い黒髪をゴムで無造作にまとめた格好は余所行きの恰好には見えない。なによりメガネが垢抜けない。職業柄派手過ぎる格好の若者には身構えてしまうが、こういうタイプも心配になってしまうものだ。
「あ、あの……先生。やっぱりコレ、変ですよね?」
「…………」
そう言ってメガネを外して春川は俯いた。見えづらいのかその目元が険しくなる。値踏みするように観察してしまったかと後悔するが、その表情がどうしても気になってしまう。
「わ、わたし……じゃなくて、ウチは父子家庭、なんです」
「あ、ああ……」
急に話し出した春川に頷いて続きを促す。
「メガネ買いたいって言いづらくて……買えなくて。それで、こんなので高校行きたくないなって思っていたら……寝坊して」
「……間に合わないってわかると、途端に諦めたくなるときってあるよな」
「ええ、ほんと、そんな感じで」
申し訳なさそうに身体を丸めながらだが、春川が薄く笑った。
「最近は安く買えて洒落てるメガネも多い。高校生なら一人でも大丈夫な店もあると思う。お父さんは忙しい、かな?」
こちらの提案に春川は悩ましい表情で首を横に振るだけだった。今日のところはこれ以上踏み込めないだろう。
口調を普段通りに戻せるようなタイミングでもない。あとは当たり障りない話をして解散するほかないか。満開の桜に目をやると春川も顔を上げて桜を眺め始める。
「…………」
「…………」
眉をしかめて少しおちょぼ口になるあの表情だ。視界がチラつくような引っ掛かりはノイズとなって鼓動を騒ぎ立たせだした。
「この公園にはよく来るのか?」
「ええ。ここにはお母さんとよく来ていたんです。桜の咲く頃に」
「想い出の場所、か」
鼓動をなだめようと発した質問だったが、春川の答えは劇薬だった。
「はい、そうです」
ほのかな笑み。こちらを見上げる仕草。
ああ、この子はあの人の娘だ。
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