葉桜の君に
世楽 八九郎
春川桜子
「どうして、もう……会えないんですか?」
緑の酒瓶と赤いランドセル、山吹色のラベル。甘く萎れたパステルの布団に座るあの人はお決まりの表情で俺を見上げて、それから笑ってため息混じりに答えを口にした。
「嘘の一粒も呑み込めないようじゃ、大人は恋のひとつも出来やしないからよ」
回答欄は埋められた。それでも、その意味が俺にはわからないままだ。
§ §
始まりは違和感だった。その生徒は教卓の正面の列ちょうど真ん中あたりに着席している。眉を寄せ唇を突き上げるような表情で黒板を睨みつけていた。
名前は、たしか
入学式後のホームルームにそこまで気張らなくてもいいのではないか。そう思ったが、もしかしたら腹痛かもしれない。高校生活初日がそれでは切ない。
「……あぁ、それで私は一年間君たちの担任を務める……秋田、葉太、と言います。見ての通り字は秋田県の秋田に葉っぱが太いと書いて秋田葉太です。これから一年、よろしくお願いします」
ちょうど自己紹介のタイミングだったので、チョークを大げさに黒板に滑らせデカデカと氏名を刻んだ。担任教師の突然のパフォーマンスに教室内が少し騒がしくなる。春川は口をポカンと開けて俺の動きを目で追っていた。あの様子だと腹痛じゃなくて視力の問題だろう。メガネはかけていないようだが。
「先生は自分のこと、私って言うんですかー?」
「ええ、大人ですから。似合いませんか?」
「ぶっちゃけ、似合いませーん」
「ぶっちゃけ、よく言われます」
調子のいい女子生徒に軽い感じで返すと女生徒を中心に笑い声が漏れる。さあ、これくらいなら皆話しやすいだろう。
「私の紹介はこれで終わりにして、出席番号順に自己紹介を始めてください」
そうして一人目の生徒に助け舟を出しているうちに春川のことはすっかり頭から離れていった。
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