第5話遠ざかる終末
勇気とその姉が暮らしている家に着いた。
二階建て。一般的な家屋だ。どうやら成人している姉と勇気の二人暮らしらしい。両親のことを訊ねると「よく分からない」と淋しそうに勇気は言った。
「ただいまー。姉ちゃん、お客さんだよ」
大声で言いながら、勇気は二階の一室まで案内してくれた。
なんでも姉はひきこもりのニートらしい。
「……なに? 勇気、お客さんって?」
「双葉修也さん。僕を助けてくれた人だよ」
「はあ? 助けてくれた? あんたを?」
俺は「双葉修也という」と言って部屋の前に立つ。
「今日、北壁教授に会いに行った」
「北壁? あのじいさんに何の用よ? ていうかまたこっちに厄介事を――」
「北壁は死んだ。銃で撃たれてな」
声がぴたりと止む。
俺は続けて言った。
「北壁は最期に北沢望を頼むと言って死んだ。あんたのことだろう?」
「……それで?」
「俺はあんたを守りに来た。ま、信じろとは言わないが」
がちゃりと鍵が開いた。
扉を開けると、ぼさぼさ頭の不潔な二十代後半の女が立っていた。
「……入って。いろいろと話しないとね」
「ああ。助かるよ」
「勇気。あんたは下にいな」
「うん。分かった」
中に入ると、たくさんのモニターとパソコンがあった。
冷房が効いているが、もしかけていなければ相当熱いだろう。
「北壁のじいさんが死んだのは、マジ話?」
「ああ。この目で見た」
「……残念ね。いい人だったのに」
悲しむ望をよそに「北壁はあんたを守れと言っていた」と告げる。
「しかし、教授は天涯孤独だったと調べはついている。どういう関係だ?」
「教授はね。私の家族を殺したのさ。ま、事故だったけどね。それ以来の関係さ」
そうか。両親の……
「あんたは、どうして北壁に会いに? 地元の人間じゃないね」
「俺はある組織の暴走を止めるため、ハッカーを探していた。北壁教授に会うのが目的じゃない」
「ふうん。教授にハッカーの情報を聞こうとしてたんだ」
「ああ。だが聞けずじまいだ。とりあえずあんたと勇気を守りつつ、ハッカーを探そうと思う」
「ハッカーを探す必要はないよ」
望はにやにや笑っている。
「どういう意味だ?」
「あんたが探しているハッカーは私さ」
思わぬ展開に何も言えなくなる。
「ま、偶然もここまで来たら必然かな」
「ではさっそく仕事を頼みたい。報酬はいくらでも払う」
「そんなの要らないよ。ただ、教授の仇を取ってくれればそれでいい」
俺は「それで請けあおう」と即答した。
「おそらくノワールの連中だろう。この辺に使われていない建物はあるか?」
「そりゃああるけど。一つ一つ探す気?」
「まさか。目星を当たるだけだ」
そのとき、一階が騒がしくなった。
俺は銃を取り出して、下に向かう――
「放してよ!」
「うるせえガキ! こっちに来い!」
数人の男――目だし帽を被っていて人相が分からない――が勇気を攫おうとする!
「何をしている!」
俺は近くの男に撃った。電気銃なのでしびれるだけだ。
もう一人撃とうとする――
「舐めんな糞が!」
しまった! 腹に銃弾が……防弾のスーツを着ているが、鳩尾に……
「おい! ずらかるぞ!」
勇気を連れて逃げてしまった。
ちくしょう! 逃げられるなんて!
「あーあ。勇気、攫われちゃったよ」
望は呆れたように笑った。
「……あいつらに心当たりは?」
「いや。それより勇気を助けに行かないとな」
望はポケットからスマホを取り出した。
「よし。追えている。車貸すから運転してよ」
「まさか、ついて来るのか?」
「当たり前だよ。大切な弟が攫われたんだから」
……望も守らなければいけないのなら、一緒に居てもらったほうがいいか。
「分かった。急ごう」
奴らが根城にしているのは、廃工場だった。
俺はスーツとマスクを身につけていた。
「へえ。デットフラワーってあんたのことかい」
「よく知っているな」
「うん。よーく知っているよ」
望は知った顔で説明し出した。
「ヒーローズの元ヒーロー。現在はソロ活動中で自身も犯罪者。傷害罪と監禁罪で立件されているね」
「…………」
「できるなら殺さないでほしいけどね。あんたじゃ無理か」
俺は無視して廃工場に中に入る。
必ず勇気は助ける。
この命にかけて。
「ははっ。なんだこいつ? 仮装ショーなら会場が違うぜ?」
俺が入ってきた途端、下品な笑い声を上げる悪党。
三十人はいる。
「ボス。こいつデッドフラワーですよ」
「ああん? そうか、やっと会えて嬉しいぜ」
ボスと呼ばれた、明らかに手下よりも格上な男。
「あんたを殺せば褒美が入る」
「……勇気はどこだ?」
ボスが指を鳴らすと、縄で縛られた勇気が奥から出てきた。
「勇気! 無事か!」
「おじさん!? うん、大丈夫だよ!」
俺は「その子を放せ!」と叫んだ。
「馬鹿か? こいつを無事に返してほしければ――」
迷わず、俺はボスに電気銃を撃った。
「うがああああ!?」
「ボス!?」
ボスに注目した瞬間、俺は勇気に向かって駆け出した。
「この! 来るんじゃねえ!」
銃を撃ってきたが、俺のスーツは防弾だ。当たっても痛いとしか思わない。
勇気を捕らえていた男を殴り、勇気を解放する。
「大丈夫か?」
「ありがとう! おじさん!」
「奥のほうに隠れてろ。みんな倒してやる」
俺にとって三十人など取るに足らない。
あっという間に倒した俺はボスに言う。
「どうして北壁教授を殺した?」
「あ、あれは、北壁が目的じゃねえ!」
「じゃあなんだ?」
「あれは、あんたが目的だったんだ!」
なんだと――?
「どういう意味だ――」
そのとき、銃声が鳴った。
手下の一人が、俺を狙った。
でも当たったのは――こっちにやって来た、勇気だった。
「――勇気!」
急いで近づく。当たった箇所はどこだ?
「大丈夫だよ、おじさん」
「大丈夫じゃないだろ! 今すぐ病院に――」
このとき、気づいた。勇気の身体に銃弾は当たっていない?
だが、服には銃でできた穴が――
「僕は、人間じゃないから……」
淋しそうな顔をした勇気。
まさか、勇気は――
「北壁博士は、ロボット工学の権威……」
「うん。そうだよ」
勇気は俺に申し訳なさそうに言った。
「KKT-9。それが僕の本当の名だよ」
勘違いしていた。てっきり北沢望の両親が事故で死んだと思っていた。
だが実の弟を実験事故で失い、その償いに弟の姿を模したロボットを作らせたとは思わなかった。
「勇気は、あんな良い子じゃなかったよ。むしろ悪ガキでね。だからあの日、立ち入り禁止の実験場に入ってしまったんだ」
そう語る望。歳の離れた姉弟だと思っていたが、まさか……
「あんたはどう思う? 実の弟の死を受け入れられない、馬鹿な女だと思うかい?」
それには答えられなかった。
答える義務も無ければ。
答える権利なんてない。
「よし。これでOK。核ミサイルは発射されないよ」
凄腕のハッカーというのは伊達ではなく、あっという間に核ミサイルを無効化してしまった望。
「これであんたの目的は達成されたわけだね」
「ああ。そうだな」
「これからどうする?」
俺は「やるべきことがある」とだけ言って北沢家から出た。
その際、勇気と会話した。
「自分がロボットなのは、仕方ないよ。そういう風に生まれたんだ」
「つらくないか?」
勇気は「姉ちゃんが時折、僕を見て泣くんだ」と淋しそうに言う。
「そのとき、一緒に泣けないのは、つらいかな」
「あら。帰ってきたわね」
本部に戻ると真っ先にルビーに銃を向けた。
「……何の冗談かしらって、一応とぼけたほうがいい?」
「あんた、俺を殺そうとしたろ? ノワールの残党に俺の情報を流した」
ルビーは「おかしいわね。依頼人だと分からないようにしたのに」と笑った。
「俺があの町に行くことを薦めたのも、町にいることを知っているのも、そして俺を殺す動機があるのも、あんただけだ」
「意外と賢いじゃない」
俺はルビーの頭に照準を合わせた。
「最期に言い残すことはあるか?」
「……許せなかったのよ。サファイアとエメラルドが死んだことが」
その言葉を聞いた俺は。
引き金を――引いた。
こうして世界の終末は遠ざかった。
この手を汚すことに、もはやためらいはない。
双葉修也は死んだ。
正義のヒーローもどきだったフラワーは死んだ。
だが――俺は生きている。
たとえ世界に価値がなくとも。
俺は守り続ける。
命尽きるまで――
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