第3話それでも世界に価値があるのか!
「バロンが……死んだ?」
「ああ。マントが自動ドアに挟まれて、身動きができないときに、銀行強盗の銃弾に倒れた」
信じられない思いだった。あんなに強かったバロンが……
「はっきり言おう。我々はスーパーヒーローではない」
事務所でオウルと向かい合って話す。
「刃物で刺されても、鈍器で殴られても、銃弾を受けても死ぬ。スーパーマンじゃないんだ」
「分かっています……」
「復讐するなど考えるなよ」
釘を刺すオウルに僕は何も答えられなかった。
「君はどうして、ヒーローになった?」
「面接で答えたとおりです」
「……両親や君の経験が理由ではないのか?」
心にずっしりと刺さった気分だった。
僕は首を横に振るのが精一杯だった。
「身辺調査したときに知ったのだ。君は両親を目の前で殺されて、君自身も攫われて、一年間、拷問と性的暴行を受けた」
「…………」
「君は、そんな彼らに復讐したいと思ったことはないのか?」
何の衒いもない問いに、僕は正直に答える。
「あります。しかしここに居るのはそのためではないです」
「…………」
「もう誰も泣かないでほしいと思ったから。ただそれだけです」
オウルは溜息を吐いて、それから僕に書類を差し出した。
「これは……?」
「バロンが調べていた事件だ。君が引き継げ」
僕は書類を読む――児童売買?
「子どもは高値で売れる。愛玩道具としても、臓器売買としても。その元締めが二日後、大規模な取引をするらしい」
「…………」
「全員、捕まえろ」
児童売買の元締め。それらの手下。
何十人といたけど、何とか全員制圧できた。
埠頭の倉庫で取引を行なっていたらしい。そのまま船でどこぞへと売り飛ばされる手はずになっていたようだ。
「な、なんということだ……つ、強すぎる……」
ノワールの覆面を被った元締めがまるで化け物を見るような目で見る。
「く、来るな! こっちに来るな!」
銃を向けられる――電気ガンを撃つ。
元締めの銃は弾かれた。それを取って懐に仕舞う。
「ひ、ひいい!」
「おとなしくしろ! もう終わりだ!」
僕はうずくまる元締めに近づいて――覆面を取った。
「……えっ?」
「み、見るな、返せ!」
信じられない思いで後ずさりする。
「や、柳田、先生……?」
孤児院の院長、柳田先生……
「な、何故私の名を……?」
不思議がる柳田先生に、兜を脱いで僕の素顔を晒す。
「ふ、双葉くん……」
「な、なんで院長先生が……」
院長先生は僕の脚に縋りついた。
「た、頼む! 助けてくれ! 私は捕まるわけにはいかないんだ!」
「…………」
「今まで面倒を見てきただろう? その恩を返してくれよ!」
「…………」
「脅されたんだ! ノワールのボスに! 仕方が無かったんだ! 従わないと子どもたちを……」
「……もしかして、僕の両親を殺して、僕を売ったのは、院長先生ですか?」
自分でも酷く冷えた声だった。
院長先生は悲鳴を上げて僕から離れる。
「悪かった! 後悔しているんだ!」
僕は両手を見る。
右手には電気ガン。
人は死なない。
左手には銃。
人を殺せる――
「頼む! 私は死にたくない――」
どっちの銃を撃ったのか。
僕は覚えていない。
事務所のドアを開けようとして、言い争いが聞こえて、そのまま固まってしまう。
「オウル。あいつをクビするべきです。何の役にも立ってないじゃないですか」
ルビーの声だった。
「ちょっと、ルビー。そんな言い方は……」
「なによエメラルド。随分と肩を持つじゃない」
「そ、それは――」
「あんな奴と同格なんて、あたしは嫌なの。サファイアもそうでしょう?」
「私はどーでもいいの。役に立っても立たなくても。興味ないし」
「三人とも落ち着いてくれ。彼は役に立っている」
「はあ? 雑魚相手にいい気になっているだけでしょ? バロンが庇っていたけど、我慢ならないわ」
そこまで聞いて、僕はその場から去った。
もう、疲れた……
「あら。双葉さん……顔色悪いですよ?」
家に帰る途中に偶然、館山さんと会った。
いつものスーツ姿だったけど、とても楽しそうだった。
「ああ。館山さん……」
「どうしたんですか? 酷い顔をしていますよ」
「館山さんは嬉しそうですね」
館山さんは「光太郎が歩けるようになったんですよ」と嬉しそうに言う。
「リハビリ、頑張っていましたからね」
「そうなんです。それで久しぶりにデートしようって。一週間後に退院だから」
「へえ。それでどこに行くんですか?」
「遠出はできないから、近くで夜景の見れるところを予約したんです」
僕は何気なく訊ねた。
「どこですか?」
館山さんはにっこりと微笑んだ。
「クロックビルです」
勝手な行動を取るのは良くないけど、それでもやらないといけないことがある。
柳田先生はノワールのボスのことを知っていた。孤児院の先生の部屋を調べて、ボスの居場所を割り出せた。
完全なる単独行動だ。独断と言い換えてもいい。
でもそうしないと追い出されそうだったから。
流石にボスの警護役は多くて、スーツを着てもかなりのダメージを負ったけど、ボスの眼前まで迫れた。
「ふん。確かフラワーとかいうヒーローだったな」
目の前のボスは目つきが悪くて、強面で、いかにも悪党といった感じだった。
「部下は全員倒した。降参しろ」
「ああ。確かに数十名の部下を鎮圧できる男など、相手にできないな」
両手を挙げて降伏のポーズをとる、ノワールのボス。
潔い姿に疑問を覚える。
「どうして抵抗しないんだ?」
「相手にできないと言った――いや、それよりも俺がここで死ねば面白いことになるかもしれないからな」
何を言っているんだろうか?
「今まで幹部や部下の手綱を引いていた。この世界を壊さないためにな。しかしいい加減飽いた。世界を支配するのが目的だったが、次第に壊したくなった」
何を言っているんだろうか?
「ここで俺がヒーローに殺されれば、幹部や部下は暴走し、街は崩壊する。狂気によって全てがご破算だ。容易に想像できる。貴様が俺を追い詰めたのは大きな間違いだ」
何を――言っているんだろうか?
「さあ始まるぞ! 狂気の宴が始まる始まる始まる! 歌え笑え狂え! 楽しいぞ愉しいぞ愉快痛快極まりない! はしゃいで楽しんでそして死ね!」
目の前の狂人が狂っているのに気をとらわれて。
部屋に仕掛けられた銃口に気づかなかった。
銃声が響く。
倒れながら見た最後の光景は。
自分のこめかみに銃を突きつけるノワールのボスだった。
気がついたらヒーローズの事務所だった。
起き上がろうとして背中が酷く痛む。
スーツのままだった。
身体の上に、手紙が置いてあった。
『これから街の存亡をかけた戦いをする。君は参加するな。生きろ。そして悪と戦い続けてくれ』
オウルの文字だった。
僕は走っていた。
ちょうど一週間後だったからだ。
クロックビルに向かっていた。
館山さんと林さんがデートをしている。
街は大混乱だった。
「ヒーローも悪党も、覆面を外せ!」
「どっちも害悪だ! 正体を隠すな!」
暴徒化した市民が家や車に火をかけている。
逃げ惑う人々を追っている者。
酷いことや悲しいことをしている者。
いつも見ている悪夢よりも地獄だった。
クロックビルが見えてきた。
良かった。まだ無事で――
そのとき、日付が変わった。
クロックビルの中心部が爆発した。
気がつくと、クロックビルは倒れて。
周りには市民が倒れ伏していた。
痛みに呻く市民たち。
「僕がやったのか……」
目の前に広がる地獄は、僕が引き金を引いて作った。
「僕は、僕が……」
どうしようもなく、心がざわめいて。
誰も彼も殺され死んでいく街の中心で。
僕は呟く。
「オウル……こんなくそったれな世界でも、守れと言うのか」
オウルたちがどうなったのか、分からないけど、それでも僕は生きている。
「こんな悲しくてツラいことばかりの人生でも、生きろと言うのか」
誰も答えてくれない。
誰も応えてくれない。
「それでも僕は守らないといけないのか。生きないといけないのか……」
僕は泣きながら、空に、世界に向かって叫ぶ。
「それでも世界に価値があるのか! 答えろよ! 神様!」
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